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未知標  作者: 一族
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第六二話 姉妹(一五)

「この道を、『女学院通り』っていうんです。左が高校で、右が中学」

 進入した通りの左右には、それぞれに学校施設の配されているのが見て取れた。車内からでは奥行きまで知ることはできないが、少なくとも静の母校である鶴ヶ丘高校の敷地より、どちらも面積は広そうである。那古野女学院は、中高一貫教育校だ。特進コースの「文」と、体育系部活動の「武」。その両輪を誇る、県内有数の名門校として知られている。車は、左側、高等学校の駐車場に入った。春菜の言葉どおり、到着まで片道一時間というところだった。

 降り立った静は、思わずつぶやいていた。

「うわ、私立」

 見上げたのはガラス張りの校舎だ。陽光を浴びてきらめく様子は、ちょっと学びやの響きと外れた壮麗さ、だった。

「すごいですね」

「夏の暑さが身に染みる、すてきな校舎ですよ。設計した人は、あんぽんたんです」

 噴き出した静に、ちょっと待っててください、と言い置いて春菜は校舎の中に入っていった。やがて戻ってくると、春菜はその手にネックストラップを持っていた。入構許可証だ。

「これ、提げておいていただけますか」

「はい」

「じゃ、行きましょう。渡り廊下があるんですけど、靴を脱ぐのが面倒なので、直で」

 体育館は校舎の裏手にあるという。校舎の右手側を抜けると、眼前に広がったのは芝の敷かれたフィールドだ。芝を囲むトラックは全天候型である。

「……芝のあるグラウンドなんて、本当に私立ですね」

 静は視線を右方向に移した。校舎から伸びた渡り廊下の先には体育館が二つあった。手前に小サイズ、奥に大サイズだ。

「体育館、二つ、あるんですか?」

「奥がバスケ部専用です」

 春菜が指したのは大サイズのほうだ。

「……専用体育館があるんですか!?」

 小サイズのほうの前を通るとき、静はつぶやいた。こちらですら、鶴ヶ丘高校の体育館と同サイズである。

「中等部も使うので」

「一緒に練習するんですか?」

「体格が違い過ぎて危ないですし、一緒にはやりません。でも、同じ施設ではやってますよ。松波先生の目が届くように、です」

 バスケ部専用という体育館に入ると、静は、思わず、うめいていた。

「冷房まで……!」

 もちろん、鶴ヶ丘高校の体育館に冷房はない。ひんやりとしたロビーを抜け、アリーナに出た。こちらは中で活動する部員たちの熱気で、少し温度が高い。

「……部員、そんなに多くないんですね」

 最強豪の練習場ということで、雲霞のごとき人の数、と想像していた静には、意外な風景が目の前に広がっていた。四面あるコートの人数を全て合わせても、五〇人には届かないようだ。

「基本、二〇、二〇ぐらいじゃないですか。あんまり多くても、見切れませんし。……いた、いた。ぼやーっと立ってますよ」

 奥から二番目のコートのコートサイドに、際立つ長身の、栗色の頭髪が立っていた。入り口に背を向けているので二人には気付いていない。

「こっそり近づいて、一発、入れてやりましょう」

「意地悪は駄目ですよ……」

 手前のコートの部員たちが騒ぎだした。この集団は中等部である。アリーナに姿を現した二人のうち、一人はナジョガクの歴史に確固たる足跡を残していった伝説的な先輩で、一人は現役高校生最高のスタープレーヤーだ。少女たちにとっては憧れの存在であったろう。

 中等部のざわめきが高等部にも移っていく。何事か、と栗色の頭髪が辺りを見回そうとした、その時だ。

「へなちょこ」

 小走りに駆け寄った春菜が、尻に一発である。池田佳世の表情は、目まぐるしく動いた。春菜を認めたときの歓喜から隣に立つ静を認めたときの恐慌へ、だ。

「すみません! すみません……!」

 へたり込んだ佳世は、そのまま額をフロアにこすり付けんばかりに頭を下げる。

「い、いや、大丈夫。大丈夫。池田さん、立って。そういうのは、やめて……」

 静もしゃがみ込んでなだめるが、号泣する佳世には届かない。

「春菜さん……」

 見上げると、春菜も渋い笑いを浮かべている。

「ほら。試合で迷惑を掛けて、ここでも迷惑を掛けるなんて、やめなさい」

 言いながら春菜もしゃがみ込むと、取り出したハンカチで、佳世の涙とはなで汚れた顔を、ごしごしと拭いている。泣きやまないまでも、佳世は何度もうなずく。

「やあ。ようこそ。那古野女学院へ」

 のそのそと歩み寄ってきていた白頭の老爺は、那古野女学院高等学校バスケットボール部顧問の松波治雄だ。

「神宮寺さん。よく来てくださった。佳世のために、わざわざ、ありがとう。一人で、来てくれたのかな?」

「いえ。春菜さんに招待していただいて、姉と妹と、あと、友人と一緒に」

「ほう。もしかして、ご友人は、総体のときの?」

「はい。そうです。あ。雪吹彰君ではないです」

「背の高い、ショートカットの」

「はい。その人です」

 そうか、と松波は深々とうなずいた。

「松波先生。私たち、池田と話があるので、給湯室を使わせてください」

「応接室を使いなさい。私も行くよ」

「行くのが面倒です」

「これ。はるばる来てもらったのに失礼だろう。だいたい、あそこは水か、スポーツドリンクしかないよ」

「私はそれでいいです」

「……この調子じゃ、強引に引っ張ってきたんだろうね」

「い、いえ」

 苦笑いの松波に愛想笑いの静だった。勧誘が、強引の一歩手前であったことは、まず事実であったので、表情の選択肢も、また、まず限られる、というものだった。

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