第六二七話 週末の騎士(二)
孝子が赴いたのは、隣市、長船の巨大モールだ。入居する専門店で食材を買い調えて「本家」に戻る。帰り着くと、再びの、ぞろそろ、だ。
「おケイ。お帰り」
「おう。そうだ。ドリンク。うちには水とお茶しかないよ。欲しかったら、コンビニにでも行って、買っておいで」
「ああ。行くか。ロンドも連れていっていいか?」
伊央が抱えているロンドを見ると、目を細くして、口は真一文字に結ばれている。実に、わかりやすい意思表示だった。
「嫌だって」
「露骨過ぎるだろ。ほれ」
「荷物がある。中に戻して」
「おう。じゃあ、行ってくる」
伊央の号令一下、三人衆が動きだした。見送って、早速、作業に取り掛かる。買い込んできた食材でこしらえるのは、前菜のカプレーゼ、主菜のローストビーフ、だ。デザートまでは手が回らないので、締めくくりはコーヒーとする。
一〇分ほどで三人衆は戻ってきた。三人が、めいめいに満杯のレジ袋を提げている。
「何を買ってきたの。そんなに」
肉の焼き加減を横目にうかがいながら孝子はただした。
「俺たちはノンアルのビール。残りは、スイーツとか、アイスとか。冷蔵庫に入れておくんで、適当に食べてくれ」
「あいよ」
「お。なんか、すごいのが入ってる」
冷蔵庫の扉を開けた伊央がカプレーゼを発見したようだ。
「ああ。それ、前菜。もうちょっと冷えるのを待ってもいいし、食べてもいい。好きにして」
「いただこうかな。それにしても、早いな」
「そんなの切るだけだよ」
「いやいや。この出来は店だよ。店。じゃあ、おケイ。始めさせてもらうぜ」
「おう」
乾杯の音頭が終わるや否や、カプレーゼが強襲に遭う。
「おケイ、うまいよ。これ」
伊央に始まり、奥村、佐伯と賛辞は引き続いて、うるさい、うるさい。
「切っただけだって。私の話はいいよ。それよりも、さっさと決起しろよ」
「でも、神宮寺さん」
ぼそり、と奥村がつぶやいた。
「サッカー、興味ないでしょう。迷惑じゃないですか? 前に、スタジアムに行った時は、お休みになってたし」
「紳の字。余計なことを言うんじゃない」
「お。いつだ」
ちょうど一年前だ。舞浜F.C.の試合を観戦するため、彼らのホームスタジアム、新舞浜THI総合運動公園陸上競技場に赴いた時だ。
「思い出した。それ、俺が招待したやつじゃないか。せっかくスイートを取ってやったのに。とんでもないやつだ」
「いいソファだったよ。寝心地、最高」
悪びれたふうもない言い草に、三人衆は苦笑しかないありさまとなった。ここだけの話、と孝子はにんまりする。
「私、バスケにも興味ないしな。ユニバースは、結局、決勝しか見なかった」
引き合いに出したのは、二年前、スペインはバルシノ市で開催された「ユニバーサルゲームズ」における、全日本女子バスケットボールチームの観戦記である。
「バスケがそれじゃ、僕たちの試合なんか、一試合も見なかったんじゃない?」
同大会でブロンズメダルを獲得した、U-23サッカー日本代表チームの主力だったベアトリス三人衆だ。
「決勝に行ってたら見たかもしれないけど、君たち、確か、準決勝で負けたよなあ」
「くそ。ここまで面と向かってあざけられたのは初めてだぞ」
悔しかったら、世界選手権の決勝まで勝ち進めばよい。さすれば、見てやらぬでもない。孝子の大上段はとどまるところを知らない。
「なら、決勝に行きますよ。神宮寺さん、必ず、見てください」
「よいよ。決勝なら見よう」
「よし。おケイ。絶対に夜更かしさせてやるからな」
伊央が息んでみせれば、
「決勝でゴールを決めたら、神宮寺さんに向けて、パフォーマンスをするよ」
佐伯も乗ってくる。孝子の大上段が決起のきっかけとなった形だ。無論、これは深謀遠慮などではなく、けがの功名の類いである。




