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未知標  作者: 一族
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第六二五話 緑の日々(二七)

 三〇分に及んだふて寝の後の道中が、平穏であるはずがない。先行する尋道を追う孝子の目つきは、まさしく、鵜の目鷹の目、だった。隙をうかがっている。

 出し抜けに尋道が振り返った。視線がかち合った。

「神宮寺さん。これ、みたいですよ。予約車となってますし」

 いつの間にか、ディーラーの前だ。尋道の声に、見ると、白いバンが駐車場にとまっていた。ダッシュボードの上には、確かに、予約車と記されたプレートが見受けられる。

「担当の方に声を掛けてきます」

 すたすたと尋道は店舗のほうへ行ってしまった。残された孝子は、引き寄せられるように白い車体に近づき、中をのぞき込んだ。ベッドだ。荷室がベッドになっている。

 現金な女である。ときめきで、先ほどまでの憤まんは、どこへやら。車窓に張り付いて、今や遅しと尋道の帰還を待つ。

「鍵、開いてるそうですよ」

 聞こえるが早いか、孝子はバンのバックドアを開いた。事前の調査で勝手は把握していたのだが、実物は、やはり、違った。おおよそダブルサイズのベッドは、圧倒的な広大さだった。靴を脱いで上がり込み、寝転がる。

「どうです?」

 車外から尋道の声が聞こえてきた。

「最高」

 かつて車中泊を経験した軽バンと引き比べたときの感想となる。上方向の差異は、ほとんどなさそうであった。しかし、前後左右の余裕が違い過ぎた。この手は、規格の差が快適性の差に直結するのだ、と実感させられる。

「郷本君。発注」

「その前に、担当の方を紹介したいので、起きてください」

「ほい」

 上体を起こした孝子は、そのまま足を折りたたんで正座し、尋道と、隣に立つスーツ姿の中年男とに相対した。

小菅(こすげ)さん。紹介します。私ども社長の神宮寺です。社長。僕の担当をしてくださる小菅さんです」

 あいさつが済むと、孝子は猛攻を開始した。

「小菅さん。この仕様で発注してください。できるだけ早く納車されるように善処していただければ、幸いです」

「は。郷本さん。社用車扱いで、お買い上げに?」

「いいえ。この方、人の車を乗り回す気満々なだけです。さあ。社長。降りてください。そのベッド、いろいろとアレンジできるそうなので、実際に見せていただきましょうよ」

 ――それは、バンのユーティリティーを確認し、試乗も済ませた二人が、小菅セールスに導かれて、店舗の商談室に収まった時、であった。とあるものが孝子の目に留まった。壁際のラックに配されていたキャンピングカーのパンフレットだ。

「こちらもタカスカーズさんで取り扱っている車なんですか?」

 ラックに歩み寄り、パンフレットを取る。面白げな予感が孝子を突き動かす。

「はい。グループに架装メーカーがございますので、車体も架装も全て重工の名の下に、ワンストップで対応できますことが、当社の強みとなっております」

 小菅の説明を聞きつつ、孝子はパンフレットを読み進めていく。バンがアレンジの末に獲得する居住空間を、キャンピングカーは常設しておけるようだった。ベッドスペースとリビングスペースが排他仕様にないのは、実に便利そうである。オプション扱いとはいえ水回りの設定が用意されている点も興味深かった。導入すれば、遠乗りの際にワンストップどころかノンストップで目的地まで到達できるだろう。素晴らしいではないか。

 孝子は反転した。席に着いて様子見面だった尋道を急襲し、その顔先にパンフレットを突き付ける。

「こっちにして」

 断定的に、言った。

「拝見します」

 つらつら尋道はパンフレットを読み、やがて、返ってきたのは、

「社長。僕の信用では、この額のローンは通らない可能性が、極めて高いです。なので、貸していただけるのであれば買いましょう」

 なる答えだった。

「よいよ」

 お安いご用である。尋道の信用たるや、孝子の胸中においては振り切れている。いくらだって貸す。決まりだ。

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