第六一話 姉妹(一四)
北崎夫妻による心尽くしの膳部で、手厚くもてなされた後、一行は次の行動に移った。静は春菜の案内で那古野女学院高等学校を訪ね、孝子たちは春菜の父の案内で農場の見学に向かう。
一行が玄関を出ると、巨大な白いセダンと同じく巨大な白いピックアップトラックがとめられていた。あらかじめ春菜の父が車を寄せておいてくれたのである。
「やっぱり、ナジコなんですね」
大学の合格祝いを問われて、車が欲しい、と言ったほどの車好きである麻弥は、しげしげと二台の車を眺めている。二台は共にナジコ株式会社の車だ。
「親戚、知り合い、どこかにナジコの関係者がいるんで。メーカーに強いこだわりがなければ、どうしても選択はナジコだね」
春菜の父の説明である。ナジコ株式会社は、世界に冠たる自動車メーカーだ。その本拠地である那古野市および周辺自治体は、ナジコの城下としても知られている。道行く車の九割がナジコ車といわれる土地柄だった。ちなみに、ナジコは創業時の社名を、創業の地に由来した「那古野自動車工業株式会社」といった。その通称の那自工――「なじこう」が、現社名の由来である。
「それじゃ、私たちは行ってくる。お父さん。お姉さんたちをお願いね」
「任せて」
春菜がセダンの運転席に乗り、静はその助手席に座った。手を振る孝子たちにクラクションで応えて、車は北崎家の敷地を出ていく。
「春菜さん。ナジョガクは、遠い?」
「一時間ぐらいですね」
「結構、遠いんですね」
「ご覧のとおりの田舎なので。中学のころ、往復の二時間、無駄な時間を過ごしてるなぁ、と。ナジョガクになんか入るんじゃなかった、って後悔しましたよ」
「え……?」
どうにも浮き世離れしたこの年長者には、面食らわされることの多い静だった。
「でも、考えたら、送迎してる親は倍の四時間を、私のために空費してるんですよね。行け、と言われたならともかく、自分で行く、って言っておいて。それに」
「それに?」
「高二までなんとか続けていたからこそ、こうして静さんとの縁ができたわけですし」
「はい」
「お姉さんに正村さん。那美さんとも。本当に途中で放り出さなくてよかったですよ」
「……そんなに真剣に後悔してたんですか?」
「してましたよ。私なら、別に特進に入らなくても、どこにだって行けたでしょうし。まあ、私の青かったころの話は、どうでもいいんです。静さんの話をしましょう」
「私?」
「進路はどうされるんです? 勧誘、かなり来てるんじゃないですか?」
今年の高校三年生中、随一の評価の静は、当然、引く手あまたの状況だ。そんな中にあって、静の予定は進学だった。高校通算で〇勝四敗と、たたきのめされている春菜との決戦の第二章を、もちろん想定してのことである。
「あれ。舞浜大にはいらっしゃらないんですか?」
さも意外そうな声を春菜は上げた。
「だって、舞浜大に入ったら、春菜さんと戦えないじゃないですか」
「練習でやり合えばいいですよ。面白いチームになると思いませんか。練習が本番で、試合は余興なんて。私たちが組めば、間違いなくそうなります」
とっさに返す言葉が浮かばず、静は窓の外の景色に逃げていた。春菜も深追いはせず、車内はいっときの静寂に満たされる。車は依然として田園風景の中である。ナジョガクまでの道は、基本的にこんな感じだ、とは春菜のつぶやきだった。やがて、
「私は、やっぱり、試合で勝ちたい、かな」
決然と、静は言った。
「もちろん、そちらでも私は構いませんよ」
「四回も負けてるんだし。そろそろやり返す」
「次に戦ったら、それが五回になります」
「いいえ。一勝四敗になります」
「なりません」
「なるの」
「返り討ちです」
児戯めいた言い合いの後、どちらからともなくの破顔だった。




