第六一八話 緑の日々(二〇)
半日ぶりの再会だ。東京エアポートホテルのロビーで孝子は尋道と落ち合った。ベアトリス三人衆の送迎を務める男にくっついて、外泊を楽しんだのである。
「おはよう。ラウンジ、五時から開いてるっていうけど、この組み合わせじゃ、絶対、値段に負けるし、朝はコンビニでいい?」
「ええ。車内食としゃれ込みましょう」
ホテルをチェックアウトした二人は、構内のコンビニに向かい、朝食を買い込んだ。孝子はキャンディーバーと牛乳、尋道はスムージーのみ、と双方、簡素にまとめている。
「五六八円。ラウンジなら、きっと、コーヒーも飲めなかったね」
車に戻り、二列目でふんぞり返って、孝子は言う。
「我々のようなやからが行くところではない、ということでしょう」
「違いない」
五分ほどで朝食は終わって移動だ。薄い朝もやの中を車はプレミアムゲートトウキョウの駐車場に入った。
「中の待合に入れてもらいますか?」
運転席の尋道が振り返った。
「いいよ。ここにいよう」
「わかりました」
「そうだ。吟味」
尋道が進めている商用車の購入計画について孝子は言及した。時間つぶしの側面もあった。
「どうなった?」
「近くにディーラーがあるじゃないですか。そこで商談を申し込みました。手配ができ次第、連絡をいただけます」
近くのディーラーとは、神宮寺家至近の神奈川タカスカーズ鶴ヶ丘店だ。
「重工にしたんだ?」
念頭にあるのは、カラーズと提携する神奈川ワタナベ海の見える丘店の存在だった。
「渡辺原動機さんは商用車を作られてないんですよ。随分と前に撤退されたそうで。選択と集中というやつですね」
「ふうん。商談は、呼んでよ?」
「お呼びしますよ。使用用途を言ったら、車中泊仕様の車を用意する、と営業の方がおっしゃっていたので、お楽しみに」
「どんな」
「荷室にベッドが付いているんですって」
「最高じゃない」
どんなものなのか。夢中になってインターネットで調査するうちに時間は過ぎたようだ。
「おう。おはようさん」
後部座席のドアが開かれ、伊央健翔が顔を見せた。
「お。イオケン。いつの間に」
「お声掛けしても返事がなかったので」
荷室方向からは尋道の声が聞こえてきた。荷物を積み込んでいる。孝子の気付かぬ間に出迎えは完了していたようだ。
「や。つい夢中になっちゃって」
孝子は車外に出て、同時に鼻を鳴らす。
「君たち。なんでおそろいなの?」
並び立っていたベアトリス三人衆は、そろいの青いポロシャツを着けていた。
「俺たちが乗ってきた飛行機、チームの持ち物なんだよ。ドレスコードがあるの。そうじゃなけりゃ、こんな滑稽ななりはしてない」
笑いながら伊央が応じた。
「ああ。それ、オフィシャルなシャツ? じゃあ、これは、ベアトリスのロゴ?」
「さあ」
胸の三叉槍を指さされて、奥村紳一郎は首をかしげた。
「たっちゃん。こやつ、この中では一番の古株でしょう?」
指名を受けた佐伯達也は首を横に振る。
「奥村君が、そんなの把握してるわけないじゃない。で、そう。ベアトリスって、港町なの。この三つ叉の槍は、海の神様の持ち物なんだって」
神器にちなむ、ということか。
「かっこいいじゃない。このシャツ、欲しいな」
「お土産の中にあるよ。アパレル系を大量に買い込んできた」
「イオケン。気が利くね。遠慮なくいただくよ」
「うん。笑納してくれ。ところで君はビジネスジェットに乗った経験は?」
「あるよ」
「いいよな。あれ」
伊央はプレミアムゲートトウキョウのターミナルビルを顧みて言った。
「本当に」
奥村も加わってくる。
「何より他人がいないのがいい。次からの行き来には必ず使います」
「あーあ。プロフェッショナルにあるまじき発言だの」
わいわいやっていると、尋道の声が掛かった。荷物の積み込みが終わったので車を出しますよ、である。出てきたから手伝ってくれるのかと思ったら、だべっていただけでしたね、である。お手上げして、車内に逃げ込むしかすべのない孝子であった。




