第六〇八話 緑の日々(一〇)
待つ、つもりでいたが、ふと思い付いてしまい、孝子は思わず声を上げていた。SO101中の視線が孝子に集中する。
「どしたん?」
みさとを手で制しつつ、孝子は立ち上がった。
「郷本君。ちょっと」
顎をしゃくって、外を示す。
「どうされました?」
廊下で差し向かうや、尋道が問うてきた。
「須美もんが、おはる、いらない、って言ってるんじゃない?」
「相談された、にしては、妙な言い回しのような」
そのとおり、相談ではなかった。前に愚痴を聞かされた。プレーヤーとしては尊敬できても、人間としては合わない、と。
「ああ。そのまんまですね。木村さんがおっしゃるには、北崎、池田は惜しいけど、生え抜きの武藤の意向を無視してまで取らない、取れない、と。なので、いったん持ち帰らせていただいたんですが」
「考えるまでもないよ。県人のよしみもあるし、須美もんが第一。須之ちゃんは一人になっちゃうけど、そこは、私が全力でバックアップする」
「それを聞けば須之内さんも安心でしょう。北崎さんについては、アストロノーツさんの編成上、一人しか取れないので、としておきましょうか」
「うん」
部屋に戻ると、五人は、何やらきな臭い雰囲気である。渋面の割合の高さといったらない。
「あのさ」
みさとだ。
「バスケの子たちの意見が一致したんで、多分、当たってると思うんだけど、武藤さんとハルちゃんの相性?」
「おお。さすが、身近で見てるね」
「私たちは年下なんで気になりませんけど、武藤さんは同い年で、おまけに真面目な方ですし。あの人の物言いは応えますよね」
景の論評である。
「そうそう。プレーヤーとしては尊敬できるけど、人間としては嫌だ、って前に愚痴られててさ。今回も、あの子、それを木村さんに言ったみたい。で、木村さんは、生え抜きの武藤の意向を無視してまでは取らない、取れない、だって」
「じゃあ、北崎さんの移籍はなしですか」
「なし。一応、郷本君はカラーズで謀るつもりで持ち帰ってくれたんだけど、私が決めた。なし」
「口は災いの門ですなあ」
皮肉な笑いをみさとは浮かべる。
「そのままは伝えられませんので、編成上の都合と、木村さんに断っていただきます。皆さんも含みおいてくださいよ」
一同、いやも応もない。
「でも、これで、須之内は一人で重工に行くことになっちゃったな」
「その点については心配ないでしょう。神宮寺さんが全力でバックアップしてくださるそうです」
「ありがとうございます」
立ち上がった景は孝子に向かって深々と頭を下げる。大仰だが、率直で、よい。
「任せなさい」
「でも、お前、大丈夫か。舞姫のときと同じようになったりしないか」
引っかき回した揚げ句に決別、などというざまになったりはしないか、と麻弥は懸念しているのだ。
「さあね」
「それは大丈夫でしょう。チームの体質が違います」
「どういう意味?」
首をかしげた麻弥に尋道が目を向ける。
「アストロノーツの方たちはサラリーマンです。決して上に盾突いたりしません」
アストロノーツ部長、木村の本業は高鷲重工業株式会社の執行役員だ。そんな人物の付ともなれば、孝子のアストロノーツにおける立場は、絶対的なものとなる。サラリーマンな面々との相性は最高といえよう。
「最高、か?」
麻弥は眉間にしわを寄せている。あきれているのである。
「最高です。まあ、神宮寺さんには、あちらさんの特性をご理解いただいた上で、穏当に接していただければ、とは思いますが」
返す刀で孝子はいさめられたようだった。まあ、いい。妙手と認めて、素直に従っておくとする。全ては、言いよう、ということだ。




