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未知標  作者: 一族
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第六〇四話 緑の日々(六)

 正面切って景は動いたようだ。孝子と縁遠くなったチームに未来を感じない、と舞姫への入団辞退を敢然と宣言したそうな。

 景の振る舞いに孝子は感心しきりだった。事のあらましは尋道の報告で承知していたが、ここまでしてのけるとは。ほざいたとおり肝が据わっていた。そのような面白い向きなら、肩入れするしかない。関係各所からの問い合わせに対して、全面擁護の立場で論陣を張る。誰にも突破は許さない。孝子の固守で事態は瞬く間に沈静した。

「本当に助かりました。みんな、しつこくて」

 すっかり無風となったところで景が謝辞を述べにやってきた。

「全員、蹴散らしてやったわ」

 自室に招き入れた景に孝子は高笑いをしてみせる。

「無敵ですよね。そんなお姉さんだからこそ、あの郷本さんに信奉されているのでしょうし、私も、付いていきたい、って思えるんです」

「せいぜいあがめるがいい。いや。須之ちゃん、痛快だったよ。それに引き換え」

 やり玉に挙げたのは、この場にいない佳世だ。彼女は、静、春菜、美鈴らと共に全日本女子バスケットボールチームの合宿に出ている。

「最初に、舞姫は微妙、とか言い出しておきながら、日和りやがって。あんなやつはカラーズにいらない。内定は取り消してやる」

「あらら」

「舞姫に行かせる。社長秘書は須之ちゃんね」

「慎んで拝命します。ちなみに、お姉さん」

「なんじゃい」

「御社の内定って、その後の心掛け次第で、復活したりしますか?」

「かばうのか」

 景は首を横に振る。

「いいえ。部下が欲しいだけです」

 同じことだが、こうも堂々とやられると、不快に感じないのは不思議だった。澄まし顔のショートカットをわしづかみにする。

「ふてぶてしいな。まあ、いいよ。仕方ない。須之ちゃんの顔を立ててあげよう。佳世君は須之ちゃんに預ける」

「ありがとうございます。ともども、必ず、お役に立ってみせます」

「うむ。じゃあ、早速、役に立ってもらおうかな。今夜、ね。私の大学卒業のお祝いをやるんだけどね」

「今日の午前が卒業式でしたっけ。ご卒業、おめでとうございます」

 居住まいを正した景が一礼する。

「ありがとう。で、そのお祝いに来てほしいのさ。愚妹がね」

「静ですか?」

「いや。ナミ公。卒業祝いに魚介をおごる、なんて言ってたんで、何を用意してくるのかと思ってたら、大トロを三キロだよ」

 買い物に連れていけ、と言われて向かった鮮魚店で、予約していたという大トロ一〇柵を受け取り得意顔の那美を見た時には、さしもの孝子もあぜんとしたものだった。

「ははあ」

「もう解けちゃってるから、今日、食べるしかないんだけど、絶対に持て余す。三人しかいないし、脂っこいしで。夜、食べにおいでよ」

「わかりました。ごちそうになります」

 ここまで言って孝子は思い至った。

「あ。舞浜大でも、四年生の歓送会とか、あったりするのかな? 今日だったりしない?」

「それは、去年の年末に済んでるんで、大丈夫です。お姉さん」

「ほい」

「話は変わるんですけど、三人って、どういうことですか?」

 お祝いの参加者は、孝子、那美、美咲の計三人となっている。

「私、浪人者なんでね。お祝いは遠慮する、って体にしてあったんだけど、ナミ公だけは、私のためにアルバイトまでしてくれたんでね。甘受して、『本家』で、こっそり、やるのさ」

「なるほど。こっそりやるなら、静のところのおじさんやおばさんは呼べないんですね」

「そうそう」

「三キロって、どれくらいの量ですか?」

「これぐらい」

 孝子が両の手のひらで示した大きさに景は目を見張っている。

「お刺身だと三〇人前かな」

「そんなに。お姉さん。三人では、確かに無理そうですね」

「須之ちゃんが二〇人前ぐらい食べたらいいんだよ」

「無理です。カラーズの方たちを呼ぶとか」

「お。任せた」

「わかりました。夜は、六時ごろにお伺いしたらよろしいですか?」

「うん。それぐらいで」

「では、いったん、失礼します」

 去りゆく景を送り出して、思う。尋道は、使いものになる、やも、とみていたが、なるほどうなずける。所作がいちいち小気味よい。カラーズ内定者の今後の活躍に期待大となっている孝子であった。

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