第六〇一話 緑の日々(三)
みさとの弁舌により舞姫の動揺は完全に収まった。出さなくなるのは口だけで、金については従来どおりだ。チーム愛は我々にだってある。カラーズは舞姫との関係を堅持する。確約する。実に熱い語り口であった。
「というわけで、お騒がせいたしました、っと。私たちは後方支援に徹しますので、舞姫さんは引き続きバスケットボールに打ち込んでくださいな」
舞姫館において開催された説明会が終了した後、引き続き実施するというカラーズのミーティングに、祥子は参加を希望した。落着の瞬間を見届けたかったのだ。みさとの車に同乗して集合場所の「本家」へと向かう。
「高遠さん、なかなかやるね」
夜道を疾走する車内でのことだ。
「え?」
「静ちゃん、付いてこようとしてたけど、視線で拒否してたでしょ?」
「はあ。多分、何かあったと思うんですけど、せっかく丸く収まりかかってるんだし、やめてほしいな、と思いまして」
孝子の自室でも目撃談が披露されて、祥子は称賛を浴びることとなる。
「僕も気付いていましたよ。蒸し返すつもりかな、勘弁してほしいな、と思っていたので、よくやってくれました」
「恐れ入ります」
「僕が言えば、また、静さんをへこませてしまったかもしれませんし。そんなつもりは全くないのですが、どうも、僕は、少しこわもてに思われているらしくて」
「少し、じゃないよ。かなり、だよ。自覚ないの?」
「ありません」
大仰な舌打ちは孝子だ。
「これだよ。でも、実際、郷本君にぶったたかれてたら、あの子、ぺしゃんこになってただろうし。さっちゃん。機転だったよ」
「はい」
「あーあ」
孝子があおむけに寝転がった。応接の用意がないこの部屋では、皆が、直接、床に円座しているのだ。
「もう。面倒くさいやつ。嫌いじゃないけど、合わん。スー公だけじゃなくて『新家』の方たちは、みんな、合わん。ナミ公以外」
「一般論では、正しいのは、あっちなんだろうけどな」
麻弥の発言を聞いた孝子は、くるりと体を回転させて、四つん這いとなった。
「うるせえ!」
組み付かれた麻弥があおむけに押し倒された。
「どけ!」
しばしの立ち回りだ。
「身内ですし、どうしても、心配が先に立ってしまうんですよ。この方とうまくやっていく秘訣は心服なのに」
「うむ。それより、この女をどかして」
体格差で押し返された孝子は、麻弥の下敷きになっている。
「正村さん。ここは、穏便に」
「えー。放したら、どうせ、また暴れるんだよな。高遠が責任を持ってくれるか?」
「わかりました。お姉さん。もう暴れないでください。暴れられたら、私のカラーズでの立場がなくなります」
「知ったことか」
うはははは、と大笑しながらも、解放された孝子はおとなしく座り直してくれたものだ。
「プライベートで静さんと、どれだけやり合っても、こちらは関知しませんが、カラーズ、舞姫絡みの接触は控えていただけたら、と思いますね。せんえつながら申し上げさせていただきます」
「言われなくても、あの子に用はない」
それはそれで、という物言いも、二人の相性を考えると致し方なかった。姉妹なのに。あるいは、姉妹だからこそ、か。
「そういえば、高遠さんや」
みさとだった。じっと祥子を見据えている。
「はい」
「実は、高遠さんには、舞姫に戻ってもらうつもりだったのさ。私たちに付き合わせるのは悪いし、って。けど、郷さん仕込みの訳知りっぽいし、なんか、神宮寺ともなじんでるし、このままいてもらって、舞姫との架け橋的な存在になってもらうのも、いいかな、なんて」
「スパイか」
「こら。お前、人聞きの悪い」
「じゃあ、密偵」
「お姉さん。それ、あまり変わってませんね?」
そうは返しておきながらも、祥子は慎んで拝命する気になっていた。身内ではない自分だ。心配よりも心服を優先させることは、決して難しくなかった。カラーズと舞姫との架け橋を、精いっぱい、演じてみせよう。なお、断じて、スパイではない。密偵でも、ない。




