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未知標  作者: 一族
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第五九九話 緑の日々(一)

 神奈川舞姫の一年目が終わった。新規で参戦した日本女子バスケットボールリーグを、シーズン無敗、プレーオフ無敗、と完全に制している。二年前、廃部となった実業団の継承から誕生したチームが成し遂げた快挙だった。

 舞姫は沸騰した。そこには、このチームならではの事情があった。圧倒的な強さが、三人のユニバースゴールドメダリストと二人のシルバーメダリストによることは明らかなのだが、それ以外、のメンバーも完全優勝に貢献した自負を大いに持っている。

 舞姫を率いる中村憲彦は、前全日本女子バスケットボールチームのヘッドコーチとしてユニバースを制した世界的な名将だ。そんな彼が精魂を込めて育て上げた、それ以外、は、どこに出しても恥ずかしくないだけの力量を備えるに至っている。中村は、メダリストたちを酷使しない、という名目で、彼の子飼いたちに、存分に、プレータイムを与え続けた。優勝決定の瞬間、コートに立っていた五人の中にメダリストが一人もいなかった事実は、その最たる例だったろう。神奈川舞姫は端役の存在しないチームなのだ。故に皆が手放しで喜べる。騒げる。

 一体となって熱狂する舞姫に、不意に影が差したのは、それ以外の一、高遠祥子が、とある異変に気付いたためであった。舞姫の親会社たるカラーズが歓喜の場に不在なのだ。駆け付ける、と言っていたはずなのに、いかなるわけか。

 漠とした不安が顕著に現れたのは、優勝の翌日、遠征先の那古野から舞姫館に帰還した際になる。カラーズの姿がない。チャーターしたバスの関係で遅い到着となったにもかかわらず、同じ敷地に練習場を構えるお隣さんの舞浜ロケッツは総出で出迎えてくれたというのに、だ。間違いなく、何かが起きている。祥子の総身があわ立った瞬間だった。

「お。お帰りなさーい」

 斎藤みさとだった。舞姫館から飛び出してきた。背後には正村麻弥と郷本尋道が続く。館内で何やら作業をしていたようだ。一安心といったところであった。ただ、神宮寺孝子の姿がないのは、気になるといえば気になる。

「おめでとうございますー! やあ。すごい! 完全優勝なんて歴史を作りましたね! 未来永劫、再現はないぐらいの!」

「ありがとうございます」

 チームを代表して中村が答礼する。ロケッツ社長の伊東勲を交えて、しばらくの間、懇談となった。

「時に、今日は、神宮寺さんは?」

 伊東の問いだ。

「ああ」

 みさとの口元が軽くゆがんだ。背後では、麻弥が薄目となった一方、尋道は淡々とした表情を崩さずにいる。

「あの子、ここには二度と来ません」

 改まったみさとの声だった。

「え!?」

「実は、うちのボス、舞姫さんのこと、結構、振り回しちゃってましてね。迷惑だよね、って前々から危惧はしていたんです。で、今回、思うところあって、金輪際、関わらない方向で話をまとめました」

 みさとの思わぬ発言に、その場に居合わせた全員が息をのんでいる。

「振り回した一番は歌舞ですかねー」

 みさとが向き直って舞姫のほうを見た。

「あれ、精査して、やる意味、意義がないと思ったら、やめちゃっても構いませんよ。スタッフさんも増えてきたわけですし、舞姫さんの独自企画を優先させたりね。どうぞ。遠慮なく。カラーズはもう口出ししませんので」

 衝撃は、終わらない。

「私たちも、こちら、おいとまします。舞姫さんにとってははた迷惑な人だったでしょうけど、私たちにとってはかけがえのないボスなので。付いていきます。あ。高遠さん」

 呼び掛けられた祥子は、ぎくりと肩を震わせた。

「は、はい!」

「高遠さんは、私たちに付き合う必要ないよ。バスケットボールをやる上で、ここを離れるのは、絶対にマイナスでしかないしね。考えてみれば、高遠さんも、いいかげん、振り回されてきた口だよね。ま、落ち着いてから話そうか。取りあえず、今週いっぱいは有休で」

 最初、舞姫に入社した祥子は、孝子の独断でカラーズに引き抜かれたにもかかわらず、やはり戻れ、とぶちかまされた過去がある。その後、復帰を願い出て許され、現在の籍はカラーズとなっていたが。

「わかり、ました」

「うん。じゃ、私たちは引っ越しの作業中なんで。お疲れさまー」

 きびすを返したみさとに続き、麻弥、尋道も館内へと入っていった。残ったのは、暗闇の中にたたずむ大量の彫像たちだ。年度末も近いというのに、それは、なんとも寒々とした光景だったことである。

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