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未知標  作者: 一族
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第五九五話 スイートホーム(二七)

 予告どおりに孝子は舞姫のファイナル観戦をサボった。余暇を使って、やったことといえば、もちろん、理想的な演奏環境の構築だ。尋道謹製のはかりごとを美咲が喜々として実行してくれたおかげで、後顧の憂いなく熱中できた。

 終日を費やして完成させたところに美鈴とアーティがやってきた。

「これね! ケイティー! 応援に来ないで、これ、を満喫していたそうね!」

 室内に迎え入れるなり、アーティは電子オルガンを指さした。笑声交じりになじってくる。

「まあね!」

 孝子も負けじと返す。

「でも、タカコにとっての音楽は二人にとってのバスケと同じなんだ、って言われたら文句も言えないよな!」

 美鈴とアーティにのみ真実を告げておいたので、よろしくやってくれ、とは事前に届いた尋道からのメッセージだった。

「タカコ。昨日より荷物が減ってないか?」

 室内を見渡して発せられた美鈴の指摘は正しい。剣崎のアドバイスに従って、電子オルガン以外の家具を極限まで減らしたのだ。具体的には、かつての愛機しか部屋には残さなかった。他は美咲の許可を得て、ユーティリティーに追いやっている。

「ミス。ベッドとかワードローブとか、一通りそろってるから、ここで暮らすときに使ったらいいよ。むしろ、使え」

「それは、まあ、ありがたく使わせてもらうけども。タカコは、このありさまで暮らしていけるんか? どこで寝るん?」

 心配は無用だ。収納に収まる寝具と座卓、座椅子を買い調えた。普段はしまい込んでおき、都度、引っ張り出して使う、という算段である。

「やるなあ!」

「君たちがコートを走り回っていた時に、私は買い物に走り回っていたのさ!」

「本当に悪い女だわ!」

 ひとしきりのさざめきの後だった。

「そういえば、ケイティー。私たちの楽器の話はどうなったの? ケンザキに聞いてくれたんでしょう?」

 予想どおりと評すべきか。ギターを擬せられた美鈴はほくほくしている一方で、ドラムのアーティはいかにも不服そうだった。

「なんで私がドラムなのよ」

「金持ちだから、ってミスター・ケンザキは言ってたけど」

「は?」

「音が大きくて、防音に気を使わなくちゃいけないんで、だってさ」

「何よ、それ」

「知るか。文句があるならミスター・ケンザキに言え」

 直ちにアーティは剣崎への抗議を開始している。

「地味に見えて、気に入らないんだよ。きっと」

 視界の端に電話中のアーティを追いやって、孝子は美鈴に話し掛けた。悪口になっていくのはわかり切っていたので、小声で、日本語で、だ。

「それは、わからないでもない」

「わかってないな、ミス姉。ドラムって、バンドの基幹だよ?」

「そうなん?」

「そうだよ。司令塔だよ。ポイントガードだよ。まあ、いい。あんなのに務まるわけないし。嫌なら嫌で。それに、さ」

「うん」

「私と相性がいいのは、実は、ドラムなのだよ」

「まじか!」

「だって、私、ドラム以外、一人でできるもん。見ててみ?」

 孝子は演奏を開始した。アップテンポの自作、『Wayfarer』だ。電子オルガン使いのなんたるかを知らしめるには、うってつけといえる。

「おー! たーちゃん、わかったぞ!」

 聞き入るうちに美鈴は気付いたようだった。上鍵盤、下鍵盤、ペダル鍵盤を駆使した孝子の演奏は、単独で完成していると。ここに、あえて付け加えるならば、その第一の候補はドラムになる、と。

「アート! ドラム、私がやる! ギター、譲る、譲る!」

 美鈴はアーティが手にしていたスマートフォンをひったくって叫んだ。

「剣崎さんですか? 市井です! ドラム、私がやります!」

 宣言は、電子オルガンとドラムとの相性のよさを、剣崎がアーティに語ろうとした折も折だったとか。先んずれば人を制す、という。片やの高笑いと片やの嘆き節を眺めながら、孝子は、そんなことわざを思い浮かべていたのである。

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