第五八話 姉妹(一一)
「双葉の塔の家」に成美を訪ねた翌日から、静と那美の姉妹は海の見える丘の住まいに転がり込んできた。元々、那美はスキンシップが好きな娘である。そして、近くには、誤解に基づく白眼視を続けてきた申し訳なさで、妹への愛情が振り切れている状態の静がいる。
「静、お前、だらだらじゃなくて、べたべたしに来たんじゃないか」
常に抱き合っているような二人に、麻弥のせりふだ。
「ほほ笑ましいですよ。うらやましいですね。私、一人っ子なので」
夕食後のLDKでもべたべたしている静と那美を見て、春菜がつぶやいた。
「いいでしょーう」
ソファの座面に静と一緒に寝転がっていた那美が応えて、言う。
「一人っ子、って、やっぱり、寂しいー?」
「どうでしょう。いたことがないので、比較できません。逆に、那美さんは、三人姉妹で、ちょっと、と思ったことはありますか?」
言下に那美は、ノー、だ。
「三番目だし、大抵のことは大目に見てもらえるもん。楽。すっごく、楽。北崎さんは、お姉ちゃんが欲しいの? 妹? それとも、お兄ちゃん? 弟?」
「男はいりません。甘えたいので、妹もいりません。お姉ちゃんが欲しいです」
「なら、そこに、いい物件が」
洗い物のため、キッチンに陣取っていた孝子が指したのは、ダイニングテーブルで食後のコーヒーを飲んでいる麻弥である。
「押し付けるな。那美と同じことされたら、一人じゃ耐えられんぞ」
「じゃあ、お姉さんもお願いします」
「私はメロンには惑わされないよ」
メロン農家である春菜の実家が定期的に送ってくるメロンは、麻弥の大好物である。そのことについての明るい皮肉だった。
「売り物ではないんですけど、うちでほそぼそと飼ってる鶏の肉とか卵とかを送らせます。同じくほそぼそと作っている季節の野菜もお付けします」
「おいで、妹よ」
両手を広げた孝子のそばに春菜が向かい、両者、ひしと抱き合う。細身の孝子は大柄な春菜にうずもれているようである。
「早速ですけど、お二人にお願いが」
つと離れた春菜が孝子と麻弥を等分に見た。
「なあに?」
「名字で呼ぶのはやめてください。妹を名字で呼ぶ姉はいないと思いますので」
「春菜、か。いいよ」
「春菜ちゃん」
「ちゃん、は嫌です」
「春菜さん」
「敬称はいらないです」
「呼び捨てはしません」
「たむりん、は?」
「あれは、愛称」
「どちらさまでしょう?」
「孝子の幼なじみが『田村倫世』っていって、『みち』の漢字が倫理の『りん』で『たむりん』」
「そうなんですね」
「前例に倣えば、『きたはる』だな」
「メロンの入荷を絞りますよ」
「孝子。春菜って呼んでやれ」
「安い女。でも、呼び捨てはしません。敬称か、愛称か。選んで」
「では、愛称で」
春菜は即答だ。三カ月弱の同居で、孝子の持つ硬度の高い部分を理解しつつあって、誠に結構であった。
「おはる」
五人中三人は微妙な表情となったが、当の春菜は気に入ったようだ。
「ちょっと古風な感じが、すごくいいですね。お姉さん、私限定でお願いします。おまや、とかはやめてください」
「それは、私も頼む」
「遠慮しなくてもいいのよ。おまや?」
笑い声の重奏がLDKに響いた。




