第五八八話 スイートホーム(二〇)
一悶着が起こったのは、旧「本家」の家財道具が到着する直前だった。搬入作業が完了するまでは「新家」で控えていてほしい、という尋道の発言に美幸が待ったをかけたのだ。
「一人じゃ大変でしょう」
「いいえ。むしろ、一人のほうがやりやすいので、どうぞ」
「誰か立ち会ってないと、荷物の場所がわからなくならないかしら」
「レイアウト図を美咲先生にお渡ししてありますし、衣類や小間物は家具のそばに置いておいて、実際にお使いになる方に納めていただきます。よって、ご指摘にありましたような事態は、起こり得ないかと」
完璧な切り返しにあって美幸は眉をひそめた。ややしゃくに障ったような気配もあった。やる、やる。孝子は内心で口笛を鳴らしている。ひゅーっ、だ。
「はい。そこまで。姉さん。行くよ。郷本君。後はよろしくね」
割って入ったのは美咲だった。
「はい。お任せください」
「孝子たちは?」
「この愚妹を締め上げてから行きます」
「ほい」
美咲と、その美咲に不承不承と引きずられていく美幸を、孝子は見送った。
「考えるまでもなく相性は悪かったね」
「そうですか」
「責めてないよ。感謝してるし、尊敬もしてるけど、最近、ちょっと苦手」
「それも、今日で終わりですか。美咲先生となら渋面を作り合うこともないと思いますし」
「私ともだよ!」
那美が押し出してきた。
「心強い。身内に理解者がいれば、神宮寺さんも何かとやりやすいでしょうし。お願いしますよ」
「任された!」
適当にあしらうのかと思いきや、尋道は真面目な顔している。
「どうしたの。急に」
「そのままですよ。公的な部分なら僕がなんとでもしますが、私的な部分には立ち入れませんのでね。そこを、那美さんがカバーしてくれるのであれば、非常に助かります」
「赤ちゃんじゃあるまいし。君は、私をなんだと思っているのかね」
「常軌を逸した短気者ですが」
孝子、返す言葉なし。
「くそ。覚えてろ。あ。郷本君や。荷物を入れない部屋だったら、いてもいい?」
「どうぞ」
「よし。那美ちゃん、おいで。きゃつを成敗する作戦会議をするよ」
「返り討ちになると思うけど、おー」
「なんだと」
孝子は自室の前に立ち、スリット付きの外扉を開けた。
「あ。やっぱり、他の部屋と違う」
二重扉を見た那美の感想だ。
「愚妹。さっきは気が付いてフォローしたね?」
「ケイちゃんが自分の部屋を改造するっていうのは知ってたし」
「うむ。じゃあ、郷本君。後は、よろしく」
「はい」
内扉を開けて入るなり、那美は小さくうめいた。
「少し狭くない?」
「そう?」
二枚の扉を閉めたところで、再び那美はうめく。
「外の音が聞こえなくなった。すごい音が響いてる。あ。ケイちゃん。この部屋、窓も二重になってるんだね」
言われてみれば、である。響きにしか気付かなかった孝子と比べると、那美の観察力はなかなかのものといえた。
「防音と音響にこだわりたい、ってオーダーしたの」
「音響かあ。この部屋でゲームしたら、すごいだろうなあ」
「ゲーム?」
「そう。前からやりたかったんだけど、お母さんに言っても、絶対に買ってくれないし。我慢してた」
「だろうね」
孝子は過日の会話を思い出していた。那美の大学合格を祝して、寸志を出すの出さないの、という、あれだ。
「買ってあげようか?」
「おおー! 買ってもらったら、この部屋でやるー!」
「それは、やらせないよ。私、興味ないもん」
「えー。一緒にやろうよ」
「嫌」
いらぬことを言った。しくじった、と思っても後の祭りだ。姉妹の相克が始まった。




