第五八七話 スイートホーム(一九)
空き部屋となった西側南端の上二つの区画は水回りだ。隣り合って配されたトイレや、収納の開けっ広げなDKなど、都度に美幸は目をむいていたが、なるほど、この人の趣味ではない、と思う。規範的な姉と実践的な妹という組み合わせの対比が、そこよりうかがえるわけであった。
「残りの部屋の造作はは、だいたい同じね。なんで、誰の部屋になるのかわからないけど、ここを見させてもらおうか」
美咲が扉を開けたのは、DKの向かいにある部屋だった。東側の北から二番目に当たる。奥行きのある空間は他と同じで、入ってすぐの横手にある大型のクローゼットが目立つぐらいだ。
「これだけ広いと、レイアウトも大変そうね」
「各人のセンス次第ね。私は三分の一で生活して、残りは物置にしようと思ってるけど」
「美咲」
たしなめられて、美咲は首をすくめている。
「美咲叔母さん。私の部屋、見てきていい?」
「いいよ」
「わんわん! 行こう!」
ロンドを抱えたまま那美は突っ走っていき、その後を美幸が付いていった。
「そうだ。孝子の部屋だけど、仕様の説明を、明日かあさってで、どう、って言われてたんだった」
「はあ」
「あなたの部屋だけトリニティさんが手掛けているからではないですか?」
「ああ。そうか」
音楽家、剣崎龍雅を介して、トリニティ株式会社に自室の防音化を依頼していた孝子だ。
「どちらでも大丈夫です」
「伝えとく。後で打ち合わせの連絡があると思うけど、よろしく」
「はい」
任せっきりにしていた部屋に、初めて足を踏み入れるべく動く。
「お。なんだ。なんだ。私の部屋だけスリットがあるぞ」
「のぞき放題ですか」
「いや。見えない」
扉のスリットから中をのぞいても室内が視認できないのだ。
「二重扉か」
扉を開いて気付いた。とすれば、他の個室にはない扉のスリットは、外開きの向こう側を目視するためのものだろう。振り返ると、尋道に立ち入ってくる気配はなく、美咲は電話の最中だ。構わず入って、二枚の扉を閉める。
一面の白の空間を、ぐるりと見回しながら部屋の中央へと進んだ。エアコンと南側一面を占めた収納の存在が目新しいぐらいで、それ以外は、この時までに見てきた「本家」の内装と変わらないようだったが。
「あー」
声を出してみて驚愕した。響く。音楽家め、音響にもこだわりたい、とした孝子の要望に、一〇〇パーセント、応えてくれたようだ。やってくれた。
浸っていたところへ、見計らったようにスマートフォンが振動した。剣崎だった。
「やあ。ご無沙汰でした」
「剣崎さん。ちょうど部屋にいますよ」
「いいでしょう?」
「すごく、いいです。剣崎さん。この部屋って、家具の数とか置く場所とかにも、気を使ったほうがいいんです?」
「そのあたりも踏まえた仕様説明にうかがいたいんですが」
「明日で」
「では、一〇時で、どうです?」
「お願いします」
通話を終えて部屋の外に出ると、ちょうど那美と美幸がDK前に戻ってきたところだった。
「ケイちゃん。お母さんが家具、買ってくれるって」
広過ぎる部屋を、適宜、埋めるべく、という話だった。
「私は大丈夫かな。海の見える丘で使っていたやつがあるし」
場合によっては音響のため、家具を減らさなければならないかもしれないのだ。増やすなど、もっての外だった。
「でも、孝子さん。向こうで使っていたのは、必要最低限のものばかりだったじゃない」
余計なお世話である。
「いえ。本当に、十分なので」
「こう言ってるし、ケイちゃんの分は私が使ってあげる」
「そうしてください。大学合格のお祝いも兼ねて。ぜひ」
「それを言うなら、孝子さんだって、大学卒業のお祝いがあるでしょう」
「駄目。ケイちゃんは一浪してる。浪人者にご祝儀なんかいらない」
「那美!」
那美はにやりとして舌を出した。そういえば、この義妹は、孝子が「本家」の自室に音楽関連の改造を加えることを把握しているはずである。アシストのつもりなのかもしれなかった。そう好意的に見なして、暴言については、ひとまず黙認すると決めた孝子だった。




