第五八六話 スイートホーム(一八)
不意に玄関戸が開いた。ポーチにたむろしていた四人は、ぎょっとして飛びのいている。
「おはよう。おそろいで」
出てきたのは美咲だった。建物後背の裏玄関から入って、通り抜けてきたのだ。
「美咲。あなた、びっくりするじゃないの」
「そりゃ、ごめんあそばせ」
構い付けず外に出てきた美咲は、玄関戸のドアハンドルをまさぐり、カバーを外すと、現れた二カ所の鍵穴に、順に鍵を差し入れ、回した。
「完了ー。仕組みはよくわかってないんだけど、これで工事用の鍵が使えなくなって、完全にこのうちは私のものになった、らしい」
「そうね。うちも、大昔にやったわ。美咲。新築、おめでとう」
口火を切った美幸に、孝子以下も続く。
「はい。ありがとさん。早速だけど、姉さん、手伝って。郷本君も」
四人に配られたのは黒いスマートキーだった。
「登録は中からやったんで、動作確認を、ね。これ持って、ハンドル握ったら、開く。出るときは、離れたら勝手に閉じる。はい。一人ずつ動く。残りは散る」
孝子、那美、美幸、尋道、美咲のみ二回と行われた動作確認は滞りなく終了した。
「裏玄関は一人でやったのよ。表でくっちゃべってるって知ってたら、呼べばよかった。姉さん。それ、預かっておいて。何かあったときは、お願い」
「ええ」
美咲は手にしていたスマートキーのうち、一つを孝子に手渡した。
「郷本君は、今日一日、それでお願い。終わったら孝子に渡して、孝子は北崎さんと池田さんに、ね」
「はい」
「さあ。ここでやる手続きは、昨日までに終わらせてあるんでね。郷本君。一一時だったっけ」
「そうですね」
「まだ一時間ぐらいあるね。軽くお披露目でもしておこうか。しかし」
美咲は、一歩、二歩、と「本家」から離れていった。五歩目で振り返り、彼女のスイートホームに正対する。
「我ながら、なかなかの豆腐だわ」
美咲以外の面々は噴き出していた。直方体とアイボリーの外観は、言われてみれば豆腐に見えた。というより、もはや、そうとしか見えなくなった。
「美咲。豆腐はないでしょう」
「上に焼きみそもあるし」
屋根上の太陽光パネルを、豆腐に載せた焼きみそと見立てた発言に、再度の噴出が起きる。
「よし。中にどうぞ」
親子扉をくぐると広い玄関土間だ。上がりかまちとの段差を、ほぼなくしているのが斬新だった。
「これなら車いすで入るのも楽ね」
しゃがみ込んだ美幸がミリ単位の段差を指でなぞって言えば、
「寝台もいけるよ。廊下の幅は病棟を目安にしたの」
美咲は幅広の廊下を示して応える。
上がってすぐ、左手の部屋が当代姉妹の老父ために、と目されていた部屋だ。三枚建の引戸を開いて入れば、奥行きのある空間が視界に飛び込んでくる。
「外から見てて想像していたよりも、ずっと明るいし、広いし。いいじゃない。冬にひなたぼっこしたら最高ね」
四枚建の掃き出し窓に寄って、外を眺めていたかと思うと、今度は美幸、身を翻して部屋の奥へと向かう。排水設備が整備された区域だ。
「この広さなら機械浴もできるわね」
「うん。当然、考えてた」
「ええ。ああ。本当に立派な」
それなのに、と美幸はがっくり肩を落とした。
「お父さんたら」
仮寓のはずだった「双葉の塔の家」に、そのまま居続けると決めた老父が遺憾らしい美幸である。
ものは考えようだろう、と孝子などは思う。一に、舞浜大学病院至近という「双葉の塔の家」の立地だ。二に、博の暮らしぶりの変化を挙げる。彼の健やかな生を願うなら、現状は、むしろ好都合と解釈するべきではなかったか。
「ま、いっか」
胸中でつぶやいていた。やめておくとする。孝子に関する限り、「双葉の塔の家」の住人たちへの構えは、既に定まっている。人は人、自分は自分である。それぞれの思うところによればいい。
ふと気が付くと尋道が部屋の入り口付近にいた。込み入った話とみて遠慮したのだろう。倣うことにしておくとした。




