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未知標  作者: 一族
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第五八五話 スイートホーム(一七)

 舞姫館までの往復行を終えた孝子が「新家」に帰還したのは午前八時過ぎだ。およそ四時間もほっつき歩いていたことについて、養母から、こっぴどい叱責を食らっても馬耳東風だった。その後、メッセージを送ってきた尋道に電話をかけて、怒られっぷりを語る余裕さえある。高揚のなせる業といえた。

「お疲れさまでした。いろいろと」

 全容を聞き取った尋道が発した第一声である。

「うん」

「ようやく落ち着けますね」

 尋道の言うとおりだった。昨年の一一月以来、孝子をいら立たせていた「新家」での生活が、とうとう終わりを告げた。平穏の日々が、広い、広い部屋で始まる。

「そろそろ参上したいのですが、構いませんか?」

「はあい。待ってる」

 待ってる、と言ったくせに孝子は「新家」を飛び出し、郷本家の門前に立った。やがて玄関戸が開き、尋道が姿を見せた。

「待ってるんじゃなかったんですか」

「君。油断禁物だよ」

「ご機嫌ですね」

 ため息とともに現れた尋道の全身はウルトラマリンのジャージーで包まれていた。準備は万端といったところだった。

「私も着替えようかな」

「その格好で十分ですよ」

 この日の孝子の装いは、水色のフリースジャケットとデニムパンツの組み合わせであった。

「今日の僕は現場監督なのでね。機動力のある格好を、と思いまして。時に、ロン君は一緒じゃないんですか?」

 歩きだすと同時に尋道は尋ねてきた。孝子の愛犬に執心の彼なのだ。

「寝た」

「お疲れで?」

「いや。ご飯食べたら、いつもお休みタイム」

「ほう」

「元気、元気。最初から最後まで、尻尾振り振りだったよ」

「あなたとのお散歩が、うれしくて仕方なかったんでしょうね」

 二人は肩を並べて神宮寺家の敷地に入った。そのまま「本家」の表玄関ポーチに向かい、陣取る。

「今後の予定を確認しておきたいんですが」

「うん」

 尋道は懐からスマートフォンを取り出した。現在の時刻を確認するためだった。

「もうじき九時ですね。美咲先生、九時から舞銀の鶴ヶ丘支店で引き渡しです」

「いよいよか」

「ええ。二時間はかからないと思いますが、余裕を持って次は一一時に入れてあります。前の『本家』さんの家具が来て、これの搬入に二時間。一時から二時まで休憩を取った後に舞姫館の荷物の搬出入に取り掛かって、やっぱり二時間。四時までには終わる予定です」

「私は何をしたらいい?」

「まず車をどかしてください」

 業者の妨げになるので、ロータリーにとまっている車を移動させてほしい、という要請になる。孝子の車以外は出払っていたので、一台のみ、動かせばいい。

「医院さんの駐車場を借りてますので、どうぞ。ロードコーンが置いてあるので、そちらへ」

「うん。行ってくる」

 神宮寺医院の駐車場に車を置いた孝子が「本家」前に舞い戻ったのと、「新家」からロンドを抱えた那美と美幸が出てきたのは、ほぼ同じだった。煩わしい、と構わず尋道に取り付く。

「置いてきたよ。次は?」

「次は、美咲先生待ちです。時間まで、皆さん、ご随意に」

 那美と美幸に会釈しつつ尋道は言う。

「私を放置する気?」

「そう言われましても。お話でもして時間をつぶします?」

「うん」

 しばしの間だ。

「僕が話の種を出さないといけないんですか?」

「うん」

「おばさん。那美さんの荷物は、いつ?」

「遅くに、って聞いてたから、四時に頼んであるけど」

「ああ。それまでには、こちらは終わっているはずですし、ちょうどいいですね」

「なんで私が最後なんだー」

「だって、那美さん、美咲先生や神宮寺さんよりも明らかに格下じゃないですか」

「何ー!」

 場の三人にまんべんなく話を振り続けて、美咲が現れるまでの一時間弱を経過せしめたのは、郷本尋道一流の妙技といえた。さすが、と称しておくべきだったろう。

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