第五八一話 スイートホーム(一三)
お調子者の義妹のこと、積悪の報いとはいえ、なんぼなんでも信用のしなさ過ぎだろう。孝子の受けた印象だ。那美の大学入試にまつわる一件である。入学試験以来、合格を確信して勝ち誇る神宮寺家の末妹には、両親、姉よりたびたび自重自戒が呈されていた。合格発表の当日になっても、それは続いており、そして、孝子ははじけた。
「那美ちゃん。私と一緒に、どこか、ドライブでも行かない? 遊んで、おいしいもの食べて、前祝いしよう」
憐憫の情に任せ、朝食の席で敢然と同調してみせれば、果たして那美は食い付かんばかりの勢いで乗ってきた。
「行く! ケイちゃんだけだよ。私を信じてくれるのは!」
同時に、足元ではロンドが孝子の足に組み付いてくる。連れていけ、と主張しているのだ。同行させるのならドッグランのあるサービスエリアか、パーキングエリアがよさそうである。舞浜、春谷間の往復行にロンドを伴った折、利用した記憶がある。正確な所在地は、いずこだったか。
「那美ちゃん。犬もお祝いしたいらしいよ。高速のドッグランに行って遊ぼう。お出掛けの準備をしておいてね」
「はーい」
「孝子さん。気を使わせちゃって、ごめんなさいね」
「いいえ」
養母に対して孝子は言下に答えた。那美の自信に対する疑念につながりかねない以上、曖昧な受け答えは許されなかった。
「お言葉を返すようですが、気を使ってなんていません。私は那美ちゃんが合格してる、って信じてますので。姉として、当然の行為です」
「そういうこと。ケイちゃんは冷たいお母さんたちとは違うの」
「那美ちゃん、行くよ」
義妹のいらぬ挑発で、さらなるいさかいが起こりかねなくなった。巻き込まれぬうちに、とっとと離脱する。
「ねえ、ケイちゃん」
二人と一匹の乗った車が動きだした瞬間だった。
「なあに」
「このまま福岡に行かない?」
思いがけない那美の提案だった。そろそろと神宮寺家の敷地から車を出しつつ、孝子は意識を背後に向けた。那美はロンドと並んで座るために後部座席を占めている。
「前に、言ったじゃない? 連れていってくれ、って」
「言ってたね」
「受験も終わったし。行こうよ。私、響子マーマのお墓参りしたいな」
岡宮母子の逸話になじむうち、妙な親近感を抱くに至ったらしい。響子マーマなどと呼んで、那美は孝子の亡母を慕っているのだ。
「殊勝な心掛けじゃない。ただ、行くとしたら、お引っ越しの後かな」
「そっか。今だと、行ったらすぐに戻るようになっちゃって、慌ただしいね」
「それもあるけど、美咲おばさまなら、いきなり、行ってくる、って飛び出しても、ぐちぐち言ってこないだろうなあ、と思って」
なら、と仮定しておきながら、あえて後に続く叙述を省いた孝子だったが、那美には伝わっていた。車内に明るい笑声が響いた。
「お母さん、うるさいもんね。ぐちぐち」
「養女の分際で、こんなことを言っちゃいけないんだろうけど、最近、とみに、合わないなあ、って。といって、角突き合いをしたいわけじゃなくて。むしろ、できるだけしたくないのさ」
「仕方ない。響子マーマに鍛え上げられたケイちゃんが、お母さんと合うはずない。じゃあ、お引っ越しの次の日ぐらいに行こうよ。あ。待って」
那美の一人問答だ。
「私も車の免許が欲しいな。ケイちゃん、一人で舞浜と福岡を往復するの大変だろうし。あと、私もわんわんとお出掛けしたい」
「いいんじゃない? 私も、一応、五月に司法試験があるし、急がないよ。夏あたりをめどに考えておこうか」
「了解ー!」
「そのころまでにナジコの車が納車されてたらいいな」
オープンカーを駆って古里を目指す。なんとも高ぶる未来図ではないか。
「車を受け取ったら、その足で福岡に行っちゃうとか」
さらに小気味のよい合いの手がきた。
「採用」
このように意気投合する二人と周囲との折り合いがつかないのは、詰まるところ、必然の帰結といってよいのである。




