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未知標  作者: 一族
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第五八〇話 スイートホーム(一二)

 ようやく那美の部屋の片付けが一段落した。数えてみると一週間かかっていた。その間、「新家」にこもりっきりだった孝子は、気分転換の外出先に舞姫館を選んだ。

 たった一週間で随分と春めいたものだった。外気に触れた瞬間の感慨だが、それもそのはずで、もはや三月である。二月末日に実施された「本家」の施主検査は、滞りなく終了し、後は引き渡しの日を待つばかりとなった。いよいよだ。いよいよなのだ。鼻歌交じりに車を駆る孝子の心持ちは、この先の気温と同じく、ひたすら上り調子となっている。

 久方ぶりの舞姫島には新顔が二人いたようだが、増員ぐらいするだろう、と気にも留めない。見たような、見ないような顔たちからの会釈を受け流しつつ、孝子はカラーズ島の自席に着いた。今の孝子の興を削がない話し相手といえば尋道しかいない。

「ようやく片付けが終わったよ」

「かかりましたね」

 尋道が仕事の手を止めて応じた。那美の荷造りを手伝うので、しばらく顔を出せないかもしれない、と事前に連絡していたのである。

「荷物、多かったんですか?」

「いや。すぐにおしゃべりになって、はかどらない。ほら。私はあの子の子供のころなんて、だいたい知ってるけど、あっちは私の子供のころ、知らないでしょう? せがまれちゃって」

「あなたたち姉妹でも、そんなほほ笑ましい交流をするんですか」

「どういう意味?」

「そのままです」

「言ってろ。でも、実際は、全然、ほほ笑ましくなんてなくて。怪談みたいなものよ。怖いけど、聞きたい、っていう」

「響子ママ、ですか?」

「それ」

 ぶん殴られたり、ひっぱたかれたり、蹴倒されたり。経験のない甘ちゃんには刺激的だったとみえて、岡宮母子の逸話が那美に大受けした、という話になる。

「だんだん、あの子、私を尊敬のまなざしで見だしたよ」

「姉貴、修羅場をくぐってきていやがる、って?」

「修羅場はよかったね」

 高笑いが途切れた時だった。

「神宮寺さん。よろしいですか?」

 舞姫の井幡由佳里だった。

「はい」

 立ち上がって、カラーズ島に近づいてくる井幡の背後には、例の新顔たちが付き従っている。思い出した。二人は舞浜大学女子バスケットボール部の部員だ。どうりで見たことがあったはずである。舞姫の人員拡充を、産学連携する舞浜大学に頼る、ような話があった、と記憶している。その協定に基づいてやってきた二人なのだろう。確か、セミロングを引っ詰めているほうが土居(どい)、ボブのほうが権藤(ごんどう)といった。名は、失念したのか、そもそも聞いていなかったのか、判然とせぬ。

「実戦配備ですか」

「はい。実は、前々から、ちょくちょく来てもらってはいたんですよ。ただ、タイミングが合わなくて、ごあいさつが遅れてしまって」

「いえいえ」

 両者との短い懇談を経て、孝子は再び尋道に向き直った。

「今日、家を出た時にも思ったんだけど、春だね」

「ああ。年度替わりも近いですしね」

「カラーズは、新顔の予定は?」

「来年、須之内さん、再来年に池田さんがいらっしゃるでしょう」

「考えてみると、女の子ばっかりだけど、やりにくくない?」

「別に」

 この副詞には、甘受できる程度の軽微な障害はあるのだが、という内意があるように思える。

「深読みするのはやめてください」

「油断ならない男なんでね」

「では、言い直しましょう。ありません。この世の春を謳歌しています」

「さっちゃん、見た? 心にもないことを言う、の見本がいる」

 しれっとしている尋道に向かって毒づく。

「お姉さん、やめましょう。言い合ったところで私の上司には勝てません」

「こっちはこっちで飼い慣らされて」

「これぞ人の上に立つ器量よ、と称していただいても、僕は一向に構いませんが」

 厚顔な物言いには、さしもの孝子も閉口する。確かに勝てそうもなかった。さすが、さすが、と話題を打ち切って撤退するのが吉であろう。

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