第五七九話 スイートホーム(一一)
例によって例のごとくの顔ぶれだった。神宮寺家の敷地に乗り入れると、那美とロンドが孝子を待っていたのだ。満天の星の下である。午後一一時は、放射冷却も徐々に効きだして、寒かったろうに。ご苦労なことといえた。
「ケイちゃーん。お祝いしてー」
「なんの」
「合格祝い」
昨日、今日と、那美は舞浜大学医学部医学科の二次試験日であった。
「ああ。できたんだ」
「できたー。でも、お母さんもお父さんも、静お姉ちゃんも、信じてくれない。油断するな、って。うるさいなー」
「自分にできたこと、できなかったことぐらい、わかるよね。おめでとう」
「ありがとー。というわけで、お祝いして」
「どんな」
「イギリスに行きたい」
卒業旅行か。行きたければ、勝手に行くがいい。金なら出してやってもよい。
「ケイちゃんも一緒に行こうよ。奥村さんが接待してくれるよ。サッカー、見ようよ」
そいつか、と孝子は精神的にのけ反っていた。おままごとみたいなカップルめ、ついえず、ひそかに愛を育んでいたのか。迷惑な。
「残念。行きたいのはやまやまだけど、犬が。犬をほっぽり出して、二人とも海外旅行なんて、許されないよ」
「もちろんわんわんも連れていく」
孝子は那美の腕の中からロンドをかすめ取った。
「イギリスまで、どれくらいかかると思ってるの? シアルスでも一〇時間近くかかったし、少なくとも一〇時間は超えるよね。ペットって、基本は貨物室でしょう? その間、ずっと狭いキャリーの中で独りぼっち? 犬、かわいそうー。検疫も大変そうだし。那美ちゃん、冷酷非情ー。ねー、犬。あの子、お前なんか、どうでもいいんだよ」
祝い事に絡められては厄介だ。ロンドを利用して、全力で押し返す孝子だった。
「じゃあ、やめるよ。わんわんに誤解されたら困るし。他のおねだりにする」
「お金なら出すよ。友達と行ってきたら?」
「私、人気者だしなー。誰か一人、って選べないなー」
「別に、二人でも、三人でも」
「実を言うと、広く、浅くしか付き合ってないんで、ケイちゃんにお金を払ってもらってまで、連れていきたいような仲よしはいない」
「八方美人」
「そうともいう」
姉妹、夜中にばか笑いである。
「あーあ。でも、一人で一〇時間以上、飛行機の中とか考えたら、ぞっとするし。仕方ない。すぱっと諦める」
「うん。あ。だったら、『本家』で使う家具でも買ってあげようか?」
「そうだ。そろそろ美咲叔母さんの家ができあがるんだ。もう完成してるの? 外は、ほとんどいいみたいだけど」」
暗がりの中を那美はのしのしと「本家」に近づいていく。
「してるでしょう」
那美と並び立った孝子は、施主検査があさって、その二週間後、三月中旬の吉日に引き渡しと引っ越し、と連なる予定を語り聞かせた。
「すぐじゃない! いつもふらふらしてるけど、ケイちゃんは準備できてるの?」
「当たり前でしょう。即移りたくて前々から備えてたよ」
「ひどい! なんで教えてくれないの!」
受験シーズン真っただ中の那美に遠慮した、と言っておけば聞こえはよかっただろうが、孝子は正直に告白した。
「自分のことにかかりきりで忘れてた。ごめん。ごめん」
那美がずいときた。
「全然、悪いと思ってないでしょう?」
「うん」
姉妹、またぞろばか笑いである。
「決めた。ケイちゃん。荷造りを手伝って。おねだりはこれにする」
「欲がないね」
「そう思うなら、別に寸志をくれてもいいよ」
「スーパーで売ってるパックのやつでいい?」
「おすしじゃない!」
仏の顔も三度、という。ついに出撃してきた美幸によって、二人が一網打尽にされるのは三〇秒後のことだ。自業自得である。




