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未知標  作者: 一族
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第五七話 姉妹(一〇)

 神宮寺成美は、現在、舞浜大学病院と指呼の間にある老人ホームに入居している。施設自体は小規模ながら、立地故に、頭に「超」の付く高級物件だ。「双葉の塔の家」という名の、この施設の管理、運営は神宮寺医院が行っている。そして、施設の所有は「神鶴会(しんかくかい)」という団体だ。「神鶴会」は、美幸が代表を務める神宮寺家の資産管理会社名である。

 先代の美栄が亡くなった後、美幸と美咲の姉妹は成美に鶴ヶ丘への帰還を乞うた。今の住まいは職場に近い、いい場所だ、移りたくない、とは舞浜大学病院の職員寮に入っている成美の返答である。一〇年後、定年の近づいてきた成美に、姉妹は定年後の鶴ヶ丘への帰還を乞うた。住み慣れた場所を離れたくない、近くで施設を探す、とは六〇を超えても舞浜大学病院の職員寮に居座っていた成美の返答である。業を煮やした姉妹は「共謀」して、舞浜大学病院近くに、成美のための施設を建てる挙に出た。これには成美も、驚き、また、あきれたが、最後は苦笑交じりながら、姉妹の求めに応じたのである。

 静の快気祝いの翌朝、「双葉の塔の家」を目指す車内は、運転が美幸、助手席に孝子、後部座席の運転席側に那美、助手席側に静だ。「双葉の塔の家」のスタッフを通じて届けられた見舞金への礼と、一八年前の騒動に端を発した一件の顛末を報告するためだ。

 静は深くシートにもたれている。穏やかな表情は、長年の心痛が消え、神宮寺家での自分の立場に確信を得たことによっている。

 一方、静の隣でにこにことしている那美は、昨日の時点で、少しだけ膨れていた。漢字の意味より、不動であること、すなわち、人としては沈着、その生は平穏、とたくさんの意味を込められた姉に対して、自分は、大恩人とはいえ大叔母に読みをもらった、だけだ。

「適当に付けられた」

 しかし、那美は引きずらない性質である。ひとしきり両親にぶつぶつと言い、姉に向かっては、いいなぁ、を連発した後は、まあ、いいや、とさっぱりだ。

「私と那美の立場が逆だったら、こんな騒ぎにはならなかったかも」

 あっけらかんとしている妹を見ての、静のつぶやきである。

「双葉の塔の家」は、地上七階、赤煉瓦風の建材を用いた、小じゃれた建造物だ。「塔」の名のとおり、縦に細長い。一等地だけに、広い土地を取得できなかったのである。

 一階には神宮寺美咲の後輩が経営するクリニックが入っている。入居者たちのかかりつけ医として美咲が招聘したのである。二階は「双葉の塔の家」を管理、運営する支配人以下、スタッフのオフィスだ。入居者のための食堂も、このフロアにある。三階からは入居者の居住空間となる。三階、四階、五階は、五〇坪ほどの床面積を二分して、計六室が設定されている。六階、七階は特別階で、それぞれの階が占有フロアだった。六階は成美の後輩医師が独居し、最上階の七階が成美の居階だ。

 陽光の注ぐ総ガラス張りのLDKで、孝子たちは成美と面会した。来年には七〇歳になる成美は、年齢よりもはるかに若々しい。肌の張りに、しゃんとした背筋、デニムパンツとサマーニットという装いもそうだ。

「一八年もたって、まだたたるなんて、本当に困った人だこと」

 報告を受けての、成美の感想だ。

「寂しかったのかしらね」

「ええ……?」

 思いも寄らぬ、という調子で、美幸が聞き返している。

「そういう顔になるのもわかるけどね。美幸、あの人って、あの後、よく友達と食事とか、旅行とかで出歩くようになったでしょう?」

「はい」

「あれ、私とよ」

「えっ!? ほ、本当に、ですか……?」

「そうよ。あれだけやっつけられて、面目がない、とでも思ったんでしょうね。あなたたちには言ってない、って。不思議なもので――」

 ここで、テーブルの冷茶で喉を潤し、成美は続ける。

「五〇年近く、ほとんど交流もなかったものが、ひょんなことで、ああなるなんて。総領だ、部屋住みだ、って、二度と交わることはないと思っていた人と、本当に不思議よ」

「……母は、成美叔母さまにも、そんなことを?」

「いいえ。そんなことを言っていたのは、あなたの祖母。一人だけで、あそこまでには、なかなかならないわ。やっぱり、ある程度、人は環境に左右されるものよ」

 姉の人柄についての、妹の見解だった。

「……面倒な家、と思って、飛び出して。でも、最後の何年かだけでも姉妹に戻れたのは、私としては、ありがたかったわ。あの人をみとることもできたし。……あなたたちとしたら、とんでもない話だったけど」

「いえ……」

「静、那美。仲よくなさいな。幸い、あなたたちの母親は、私の姉や私の母親と違って、頭の柔らかな人です。私たちのようになることはないでしょうけど」

 言って、今でないとき、ここでない場所を見る目つきとなった成美に、美幸以下、孝子、静、那美はこうべを垂れるばかりである。

「ああ、そうだ」

 不意に、成美が声を上げた。立ち上がると、いったんLDKを出て、再び戻ってきたときには、手にポチ袋を持っている。

「実の姉の不始末だ。孝子には私からも慰謝料を払うわ」

 いたずらっぽい笑みで見つめられて、ボッ、と孝子は赤面した。

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