第五七六話 スイートホーム(八)
郷本尋道は、次から次へと問題が発生した旨、先に述べていた。つまり、続報があるのだ。彼が持て余したものとは、なんだったのか。想像がつかなかった。男の挙を孝子は黙して待った。
「ガレージをやめて、カーポートにすれば、値段の問題はクリアできるかな、と思ったんですよ。調べたら、ピンキリのキリなら、一〇万円台でいけるようなので。その程度だったら、神宮寺さんも遠慮せずに受け取れるかな、と。ただ」
「ただ?」
「いくら開業医で、いくら広いとはいえ、めいに駐車場を使わせるのは、私的な流用じゃないですか。満車でとめられなかった通院者に、医院の先生、何やってるの、なんて言わせた日には美咲先生の面目は丸つぶれですし、神宮寺さんの立つ瀬もなくなるなあ、なんて浮かんでしまいまして。伺ったら、満車になるときも割とあるそうで、実に危なかった」
よくも思い付くものだ。しらみつぶしとは、彼の手法を称して使うべき言葉なのだろう、と思わせてくれる。
「月極で医院の駐車場を借りる形式にすれば、名分は立つんでしょうけど、今度は美咲先生に渋い顔をさせてしまいます。なんで、めいに金を払わせないといけないの、と。あなたを例に引くまでもなく、きっぷのいい方の厚意をむげにするのは、相当な悪手ですからね。やあ。難しい」
「お手上げ?」
尋道の長口上が途切れたのを見計らって孝子は問うた。
「僕の力の及ぶ範囲では。残るは、もろもろの都合について、当事者間の談合で落としどころを探っていただくか」
か、ときた。まだ腹案はあったようである。尋道はタブレットの一点を指した。ロータリーだった。
「このロータリー、近い将来、なくなると思うんですよ。なので、先行して、ロータリーの『本家』さんに近い部分を崩させていただき、駐車スペースとして整備するか、ですね。ロータリーって、便利ですけどスペースの効率で考えると、なかなかひどいでしょう。きちんと計測すれば、四、五台分は確保できる、と踏んでいます」
「なんで、そんなことが言えるの」
「『新家』さんの建て替えの邪魔になるからです」
孝子は尋道の言わんとするところを解した。「新家」の建て替えとくれば、目的は一つしかない。やがて神宮寺家の当主となる静と、その婿との同居に備えた二世帯住宅化である。そして、『新家』の四方は、東から、庭園、道路、道路、ロータリー、となっている。豪放磊落の美咲ならいざ知らず、あの養母が庭園を犠牲にするとは思えなかったし、西南方面への進出は不可能だ。ロータリーが割を食うしかなかった。
「ああ。あった、あった。『新家』の立て直しの話、あったよ。前に」
「ええ。『本家』の次は『新家』、と美咲先生は読まれてましたので、じきに」
「結局、及んでるじゃない。郷本君の力」
「及んでいません。ここまでは机上の空論。おばさんにお許しをいただいて、初めて、及んだ、と言えるわけですが、こんな男の進言を、おばさん、入れるわけありません。せんえつだし、気味が悪いですよ。よそさまの家の事情を、こんな推理してるやつなんて」
「そう? 私は好きだけどな。郷本君、推理の結果を生かして、うまく立ち回ってるじゃない。私なんかと、うまく付き合えているのは、その証拠」、
孝子の言に尋道は黙礼をよこした。
「じゃあ、美咲おばさまにお願いしたらいい」
「駄目です。あの方に言ったら、すぐにロータリーを壊しかねません。手順を踏まないと」
「私や静ちゃんじゃ無理だよ」
「わかってます。斎藤さんにお願いしましょう」
「は?」
斎藤みさとは、神宮寺家の当代、美幸が次代、静を支えるブレーンとして目を掛けている秘蔵っ子だ。確かに、彼女であれば、養母を動かし得る可能性は極めて高かった。
「さっちゃん、聞いた? いやらしい男。切り札があるのに、だらだらと」
「ノーコメントでお願いします」
澄まし顔の祥子はそっぽを向く。
「それって、消極的な肯定だよね」
無論、言われっぱなしの尋道ではない。
「筋道を踏んできただけです。それに、いきなり切っては切り札とはいえないでしょう。違いますか」
孝子は机に突っ伏した。笑いが止まらない。
「はあ。詐欺師」
ようやくに収まったところで、言ったせりふは、こうである。
「お褒めにあずかりまして」
「褒めてません」
首をすくめた尋道の様子を見て、孝子はもう一度、笑った。実に端倪すべからざる詐欺師の振る舞いであった。




