表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
577/748

第五七六話 スイートホーム(八)

 郷本尋道は、次から次へと問題が発生した旨、先に述べていた。つまり、続報があるのだ。彼が持て余したものとは、なんだったのか。想像がつかなかった。男の挙を孝子は黙して待った。

「ガレージをやめて、カーポートにすれば、値段の問題はクリアできるかな、と思ったんですよ。調べたら、ピンキリのキリなら、一〇万円台でいけるようなので。その程度だったら、神宮寺さんも遠慮せずに受け取れるかな、と。ただ」

「ただ?」

「いくら開業医で、いくら広いとはいえ、めいに駐車場を使わせるのは、私的な流用じゃないですか。満車でとめられなかった通院者に、医院の先生、何やってるの、なんて言わせた日には美咲先生の面目は丸つぶれですし、神宮寺さんの立つ瀬もなくなるなあ、なんて浮かんでしまいまして。伺ったら、満車になるときも割とあるそうで、実に危なかった」

 よくも思い付くものだ。しらみつぶしとは、彼の手法を称して使うべき言葉なのだろう、と思わせてくれる。

「月極で医院の駐車場を借りる形式にすれば、名分は立つんでしょうけど、今度は美咲先生に渋い顔をさせてしまいます。なんで、めいに金を払わせないといけないの、と。あなたを例に引くまでもなく、きっぷのいい方の厚意をむげにするのは、相当な悪手ですからね。やあ。難しい」

「お手上げ?」

 尋道の長口上が途切れたのを見計らって孝子は問うた。

「僕の力の及ぶ範囲では。残るは、もろもろの都合について、当事者間の談合で落としどころを探っていただくか」

 か、ときた。まだ腹案はあったようである。尋道はタブレットの一点を指した。ロータリーだった。

「このロータリー、近い将来、なくなると思うんですよ。なので、先行して、ロータリーの『本家』さんに近い部分を崩させていただき、駐車スペースとして整備するか、ですね。ロータリーって、便利ですけどスペースの効率で考えると、なかなかひどいでしょう。きちんと計測すれば、四、五台分は確保できる、と踏んでいます」

「なんで、そんなことが言えるの」

「『新家』さんの建て替えの邪魔になるからです」

 孝子は尋道の言わんとするところを解した。「新家」の建て替えとくれば、目的は一つしかない。やがて神宮寺家の当主となる静と、その婿との同居に備えた二世帯住宅化である。そして、『新家』の四方は、東から、庭園、道路、道路、ロータリー、となっている。豪放磊落の美咲ならいざ知らず、あの養母が庭園を犠牲にするとは思えなかったし、西南方面への進出は不可能だ。ロータリーが割を食うしかなかった。

「ああ。あった、あった。『新家』の立て直しの話、あったよ。前に」

「ええ。『本家』の次は『新家』、と美咲先生は読まれてましたので、じきに」

「結局、及んでるじゃない。郷本君の力」

「及んでいません。ここまでは机上の空論。おばさんにお許しをいただいて、初めて、及んだ、と言えるわけですが、こんな男の進言を、おばさん、入れるわけありません。せんえつだし、気味が悪いですよ。よそさまの家の事情を、こんな推理してるやつなんて」

「そう? 私は好きだけどな。郷本君、推理の結果を生かして、うまく立ち回ってるじゃない。私なんかと、うまく付き合えているのは、その証拠」、

 孝子の言に尋道は黙礼をよこした。

「じゃあ、美咲おばさまにお願いしたらいい」

「駄目です。あの方に言ったら、すぐにロータリーを壊しかねません。手順を踏まないと」

「私や静ちゃんじゃ無理だよ」

「わかってます。斎藤さんにお願いしましょう」

「は?」

 斎藤みさとは、神宮寺家の当代、美幸が次代、静を支えるブレーンとして目を掛けている秘蔵っ子だ。確かに、彼女であれば、養母を動かし得る可能性は極めて高かった。

「さっちゃん、聞いた? いやらしい男。切り札があるのに、だらだらと」

「ノーコメントでお願いします」

 澄まし顔の祥子はそっぽを向く。

「それって、消極的な肯定だよね」

 無論、言われっぱなしの尋道ではない。

「筋道を踏んできただけです。それに、いきなり切っては切り札とはいえないでしょう。違いますか」

 孝子は机に突っ伏した。笑いが止まらない。

「はあ。詐欺師」

 ようやくに収まったところで、言ったせりふは、こうである。

「お褒めにあずかりまして」

「褒めてません」

 首をすくめた尋道の様子を見て、孝子はもう一度、笑った。実に端倪すべからざる詐欺師の振る舞いであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ