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未知標  作者: 一族
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第五七五話 スイートホーム(七)

 昨今の孝子の楽しみといえば、舞姫館を訪ね、尋道に引っ越しの進捗をただすことになる。先日、出現したのは、家具の配置が定められた「本家」の平面図だった。また、その翌日には、「本家」に導入されるスマートホームシステムの取扱説明書を手渡された。抜かりない男は、型番を調べ、メーカーの公式サイトより入手していた。使用法をあらかじめ把握しておけば、引っ越しの初日からスムーズに生活を送れよう、というのだ。かよう訪問のたび、なんらかの成果が上がっている感触は、えも言われぬ。

「どう。今日は」

 尋道をつかまえるには、彼の在社中でなければならぬ。よって、孝子の舞姫館入りは明るいうちとなる。この日は昼下がりである。

「ガレージの仕様で悩んでます」

「珍しい」

 那古野でやった車の衝動買いが発端となった。いざ帰宅してみて頭を抱えた。神宮寺家には、もう十分な駐車スペースがないことを失念していた。車を、どこに置くか。思い悩む孝子に手を差し伸べてくれたのは美咲だった。ならば神宮寺医院の駐車場を使え。空きがあるので、ガレージを建ててやる、と言ってきた。ありがたい話なので、適材適所の尋道に任せてみた。ここまでの経緯である。

「どうぞ」

 手招きされて、孝子は尋道の隣に座った。机の上にタブレットが置かれた。神宮寺家の敷地の俯瞰写真が表示されている。古いもののようで以前の「本家」が健在だ。

「お引っ越しの段取りが、だいたいついたので、後回しにしていたガレージの件に取り掛かったんですがね。次から次へと問題が」

「うん」

「あ。長くなりそうなので、コーヒーでもいかがですか?」

「うん」

 尋道が立つより先に高遠祥子が動いた。

「郷本さんは?」

「ああ。僕は、さっき飲んだので」

 せっかく立ち働いてくれる祥子の手前だ。話を進めるのははばかられた。尋道も同じ心持ちだったとみえて、二人は待ちの姿勢となる。

「お待たせしました」

 やがてコーヒーカップが孝子の前に供された。

「ありがとう。さっちゃんも、ちょっと休憩して、聞いていきなよ。珍しく君の上司が悩んでるらしい。めったに見られないよ」

「はい。お邪魔します」

 祥子は椅子を引いてきて、孝子とは反対側の尋道の隣に着いた。

「高遠さん。これ、地図検索サイトから神宮寺さんのお宅の写真を引っ張ってきたものなんですが、実際に、こちら、入られたことはありますか?」

 早速、尋道は始める。

「はい。このお屋敷を医院の先生が建て替えて、お姉さん、そこに住まれるんですよね。私がお邪魔したのは、春だったと思うんですけど、庭園の花がきれいで。あと、お庭にロータリーがあるのも、すごいですよね」

 順に写真を指さしながら祥子は言う。

「ええ。そのロータリーを、神宮寺さんのお宅の方々は駐車スペースとして使っていらっしゃるんですが、この間、神宮寺さん、那古野で車を衝動買いしてきたじゃないですか。入らない、と」

「ああ」

 ちらりと祥子が孝子のほうを見た。

「何。その顔は。無軌道をするから、みたいな」

「そんな失礼なことは。あまり」

「さっちゃんも言うようになったね」

「上司のご指導ご鞭撻のたまものです」

 孝子は尋道の肩をひっぱたいた。

「なんですか」

「なんですか、じゃないよ。前途ある若人を悪の道に引きずり込むな」

「順調に育っているようで何よりです。冗談はさておき、高遠さん。それを聞いた医院の先生が、だったら、医院の駐車場を使えばいいじゃん。オープンカーなんて雨漏りしそうだしガレージを建てたらいいじゃん、なんておっしゃられたそうで」

「なるほど。あとは、いつもの調子で郷本さんが押し付けられたんですね」

「さっちゃん。育ち過ぎでしょう」

「そのうち僕も寝首をかかれるかもしれませんね。話を戻しますよ。先ほどの、悩み、なんですけど」

 本題に入るらしい。

「暗い分野だったもので、ガレージ一棟の値段に、びびってしまいまして」

「いくらぐらい?」

「全部込みで一〇〇万からかかるようです」

「却下」

 孝子は即断した。

「でしょうね。あなたが建てるのでしたら、気にせず進めたんですが、あなたしか使わないものを、美咲先生が建てるわけですし。立ち止まってよかった」

「よく気付いた」

 しかし、称賛には、まだ早かった。孝子は知らなかったのである。尋道の手腕は、いよいよ発揮されていくのだ、ということを。

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