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未知標  作者: 一族
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第五七二話 スイートホーム(四)

 準備は整った。荷造りをぼちぼち始めておくよう――一週間もたたぬうちに届いたメッセージは、孝子の選択が正しく最適解であったことの証左といえただろう。殊勲の主をねぎらうべく、孝子は朝一で舞姫館に急行した。

 乗り付けたところ、見覚えのあるような、ないような車が舞姫館の前の駐車スペースにとまっていた。青いセダンだ。はて。どこで見たのか。はたまた気のせいか。

「おはようございます」

 館内に入ると車の記憶が気のせいではなかったとわかった。オフィスにいたネービーのジャケット姿は、舞浜F.C.の氷室勝成である。青いセダンは舞浜F.C.グラウンドの駐車場で見掛けたのだった。

「ああ。そうだ。表の車、おっさんの車だ」

「じゃじゃ馬。久しぶり」

 立ち上がって出迎えた美丈夫に軽口を見舞うや、すぐさまに反撃をもらう。

「何しに来やがった」

「前に話をもらった評論の活動を、ようやく始められるめどが立ってね」

 疎遠となったスポーツキャスター、小早川基佳に成り代わってサッカーの評論をやってくれ、と目の前の男に依頼したのは昨年の盛夏だった。評論活動は初めてなので、一から勉強した上で、と準備期間に入った彼が姿を現したということは、いよいよ準備万端、整ったわけだ。

「お。しっかり勉強してきましたか」

「ああ。おとといまで、キャンプに行っていてね。そこで最後の追い込みをやってきた」

「F.C.さんは、沖縄ですっけ」

「そう。家族がいないもんで、はかどった、はかどった」

 孝子は肩をすくめて氷室の問題発言をちゃかす。

「君も家庭を持てば、わかる」

「氷室家は何人家族?」

「三人。奥さまとお嬢さまさ。いいかい、じゃじゃ馬。家庭持ちが孤独を満喫するのは、なかなかに難しいものなんだよ」

「ああ。それは、確かに、そうですよね」

 家庭の部分を家族に置き換えると、孝子にもうなずける言だった。

「一人になろうとすると、なんやかや勘繰られたりして」

「やけに実感がこもったじゃないの」

「おっしゃったとおり、じゃじゃ馬なので。走るペースが合わないなあ、と思ったり、思わなかったり、なんて」

「ご家族と?」

「はい。それも、もう終わりますけど」

「一人暮らしでも?」

「いえ。叔母のお宅に転がり込みます。さっぱりとした方で、気が合うんですよ。もう。待ち遠しくて」

「それは何よりだ」

 大きくうなずき、氷室はカラーズ島に戻っていく。孝子もならい、立ち話は終了だ。

「おーい。このたびは、ありがとう」

 自席に着いた孝子は尋道に声を掛けた。

「どういたしまして」

「ここに預けてある荷物も同じ日に着くよう手配していいのかな?」

 海の見える丘から持ち込み、舞姫館にて保管している家財の扱いについてだった。

「ええ。ただし、午後の遅くにしてください。引き渡しと元々あった荷物の搬入で、相当、かかると思うんですよ。それらが終わった後の到着になるよう、お願いします」

「具体的には?」

「間近になってみないと、なんとも」

「じゃあ、任せていい? 間取りから何から把握している人にやってもらったほうが効率的でしょうし」

「そうですね。わかりました」

「もしもし。じゃじゃ馬さん」

 聞くとはなしに聞いていて、聞き捨てならない、となったのだろう。机の上のノートパソコンから顔を上げて、氷室が二人を見ている。オフィスの他の面々も同様だ。

「なんじゃい」

「もしかして郷本君も一緒かい?」

「いいえ。引っ越しの手はずを整えるよう頼まれていただけです」

「ほう」

「僕、この手の作業は得意なので」

「確かに、郷本君は切れ者だし、じゃじゃ馬は段取りを付けるのが苦手そうだしで、納得したよ」

 氷室の論評は、紛れもない事実であったので、孝子の反論は困難だ。笑ってやり過ごすのが穏当、というやつになる。せいぜい大口を開けてやるとする。

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