第五七〇話 スイートホーム(二)
居ても立ってもいられず、孝子は行動を開始した。善は急げ、ということわざもある。何もおかしくはない。
「美咲おばさま。『本家』の家具って、どこに預けたんですか?」
孝子は初手に旧「本家」で使っていた家財一式の現況を確認した。それらは斎藤みさとの手引きによって、どこやらの貸倉庫に預けられたはずであった。
「知らない。いや。控えを見ればわかるんだけど、全部、斎藤さんにやってもらったんで、あの子に聞くのが手っ取り早いよ」
「わかりました」
そういういきさつであれば、みさとに連絡を取るとしよう。美咲と別れた後、孝子は舞姫館に直行した。
みさとは在館していた。用向きを伝えると、目を輝かして興味津々の様子となる。
「おお。お戻りか。よし。今回もお役に立っちゃうぞ」
「いや。別に、お役に立ってくれなくていいんだけど」
「なんだよ。つれないな」
この元気印に首を突っ込まれては、孝子の出番がなくなる。それは、困る。
「さっさと教えな」
「はい、はい。ちょっと待って」
面談場所の食堂から出ていったみさとが、戻ってきた際に抱えていたのはタブレットだ。
「貸倉庫のサーバーにつないでね、預けてあるものの一覧を確認できたり、引き出し日の予約とかもできるの。IDとパスワード、教えるよ」
みさとがタブレットを操作するさまを見るうちに、孝子はあぜんとなっている。預けてある家財道具の、なんと莫大な数なのだ。それらを滞りなく「本家」に配し、美咲を迎えることなど、自分には、到底、できそうになかった。
では、誰なら、と考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは郷本尋道だ。彼は、孝子が「新家」を飛び出したがっている、と、その事情込みで承知している。相談を持ち掛ければ、くどくど説明せずとも、よいように取り計らってくれるはずであった。
鶴ヶ丘にとんぼ返りした孝子は郷本家を急襲した。尋道は在宅だった。
「引き続き斎藤さんにお任せしたほうが確実だとは思いますが、いささか含みもあるわけですし、僕が任されるのが適当でしょうね」
応接室で相対した尋道は、孝子の依頼を聞くや、人の悪い笑みを浮かべて即答した。思った通りだ。話が早い。
「そのとおり」
「今の時点での思い付きを言っていきますので、障りがないかどうか、聞いていただけますか?」
「いいよ。信用してる」
じろりとやられた。だったら、はなから、聞け、と言えばいいものを。
「次は気を付けます」
「うん」
「大方針として、引き渡しの日に引っ越しも終わらせるべき、と思いますね。忙しくなるでしょうが仕方ない。先乗りなんてしたら、間違いなくおばさんが口を挟んできます」
美咲の一任を取り付けた、という錦の御旗がある。そう主張するも一蹴された。
「あなたは受験生なんだ。それを忘れてはいけません。引っ越しが済むまでは家にいろ、ぐらいならいいほうで、司法試験が終わるまで、なんて言われてしまうかもしれませんよ」
冗談ではなかった。そんなに長く「新家」にいるなんて耐えられない。
「ええ。なので、美咲先生にも引き渡しの日に、新しいおうちに移っていただきましょう。美咲先生がいれば、おばさんも寄り付きませんよ」
「大丈夫かな?」
「大丈夫です。姉妹でも、だいぶ違う。静と動で。仲が悪いのではなく、シンプルに合わないように見えますね」
思い起こされるのは、建て替え前の「本家」で、片付けの進め方を巡る神宮寺家当代姉妹の対比であった。家財の一つ一つを、じっくり吟味した上で取捨選択する美幸と、ろくに使ってこなかったものだ、今後も使わない、と片っ端から廃棄に掛かる美咲と。尋道の分析は、さもありなん、と思えた。
「美咲先生に、郷本を使う、と伝えておいてください」
「ああ。間が悪かった。さっきまで会ってたんだよ」
「打ち合わせですか?」
「医院の駐車場にガレージを建ててもらえることになって、メインは、そっちだったんだけど、おまけで家の話が出たの」
「なるほど。あのロータリーでも、五台は厳しいですか」
察しのいい尋道だ。
「うん。パンフレット、もらったんだけど、こっちもお役に立ってくれてもいいよ?」
「わかりました」
淡々として尋道は応じた。カラーズの誇る軍師の到来で万遺漏ない態勢が整った。「新家」脱出およびガレージ建設の成功は疑いない。あとは、時の過ぎゆくままに、である。




