第五六七話 神宮寺孝子の肖像(二一)
報告会が終わるや否や、といった感がある。聞き役に徹していた尋道が、がぜん活動を開始した。剣崎と一言、二言、交わしたかと思えば、みさとの元に小走りに寄ってくる。
「斎藤さん。自動車売買の仲介ともなると専門家のアドバイスがいるんじゃないですか? お供しますよ」
税法に通じた自分だ。査定以外で専門家とやらに世話になる必要はないが、その程度の見識を尋道が持ち合わせていないはずがなかった。これは「両輪」談合のお誘いらしい。
「ですな。行きますか。じゃあ、私たち、査定のこととか当たってみるんで、お先!」
言った瞬間にみさとは尋道の手を引いて自動販売機コーナーもといカフェから飛び出した。駐車場まで一気に走り、息を整える間もなく車を出す。
「車絡みだと、あいつ、首を突っ込んできかねないしね。いないほうがよかったでしょう?」
息が上がった尋道はうなずくのみだ。彼の呼吸が整うまでは黙々と車を走らせる。
「タフですね」
ようやく、だ。尋道が口を開いた。
「舞姫館のトレーニングルームで、がんがん鍛えてるからね。郷さんだって、毎日、自転車を飛ばしてるじゃん」
「電動アシストのおかげで、ほとんど鍛えられていません」
「ノーマルにしておけばよかったですなあ」
笑い飛ばした後に、で、とみさとは口調を改めた。
「ご用件は?」
「ええ。ちょっと話は飛ぶんですが、斎藤さん、ね。正村さんって、剣崎さんと結婚するつもりなんですかね?」
確かに、飛んだ。
「同棲もしてるんだし、じゃないかなあ?」
「ちなみに、さっき、剣崎さんに伺ったら、あの車のローン、まだ四年残ってるそうです」
瞬時にみさとは理解していた。
「あらー。あの車の払い、剣崎さんに戻ってくるかもしれないんだ。結婚前の借金だから、夫には関係ないとはいえ、知らないよ、なんて冷たい人でもないでしょうしね」
「ええ。世界の剣崎さんが、ローンを四年も残してる車ですし、相当、いい値だと思うんですよ。維持費も高そうだ。正村さんは趣味なので、どれだけかつかつになろうと、好きになさったらいいのですが、巻き込まれる剣崎さんはたまりませんよ。といって、神宮寺さんが絡んだ以上、もう止められません。飲み友達として、何かお節介ができればいいなあ、と」
「え。異色の組み合わせ」
みさとは脱線した。
「剣崎さんだけじゃないですよ。関さん、中村さんや雪吹君とも、ひっそりと」
「交ぜて」
「駄目です。やろうだけの無礼講なので」
「じゃあ、こうしよう。郷さんが私に声を掛けてきたのって、お節介の知恵を借りたかったからでしょう?」
「はい」
「私がいいお節介を提案できたら、ご褒美に交ぜておくれ。無礼講」
「審査は厳しくしますよ」
「望むところ」
早速、現状の分析に入る。尋道の述懐を参考とするに、剣崎の車が高価なのは、決定的といえる。一方で新卒の麻弥の給与は低い。さらに、みさとは、いくら貸し手が孝子とはいえ、超低金利の超長期ローンなどという条件で麻弥を甘やかすつもりはない。あくまでも常識の範囲内における金銭消費貸借契約を締結させる。結果、麻弥は、ほぼ間違いなく困窮するだろう。直接か、生活費などの間接か、まではわからなかったが、剣崎が恋人に助力を与えなくてはならない羽目に陥るのも、こちら、ほぼ間違いない。どうする。
「適当にしゃべりますんで、気になることがあったら、突っ込んでくださいな」
放言し、問題を解決に導くための材料探しを行う。
「わかりました」
「貸し借りの部分に、私たちが介入できることってないと思うんですわ。なので、二人の稼ぎを上げるか、剣崎さんの負担を減らすか、っていう三つになるのかな」
このうち、音楽家の稼ぎについては、素人のみさとたちでは手に負えない。ならば麻弥の稼ぎはどうか。彼女にはイラストレーターとしての横顔がある。売れ行き好調、カラーズの屋台骨を支える「カラーズグラフィックT」の原画を担当しているのが、誰あろう麻弥なのだ。
「あいつ、イラストレーターに専念したら、車の一台や二台、軽く買えちゃうだろうに。でも、いくら才能があっても性格が凡人だから、無理か。車のために、なんてあおったら、プレッシャーでつぶれる」
三つのうち、早々に二つがぽしゃった。前途多難といえる。なんとか盛り返さなければならなかった。
「さっき、社用車はやめる、って話をしたじゃないですか。あれ、やっぱり、やめようかな。やめるのを、やめる」
カラーズと提携関係にある神奈川ワタナベ株式会社との縁を、いきなり絶つのは、いかにも乱暴だった、とか理由を付ける。そして、社用車を入れ替える。新社屋の駐車場は狭小である、という理由で軽自動車の手配を神奈川ワタナベに依頼する。
「その軽を剣崎さんに貸し出そう。今日日、軽もなかなか高いし、悪くないんじゃないかな。あと」
みさとは続ける。
「仕事場の家賃を減免しよう。いっそ免除でもいいかもね。店子じゃなくて、カラーズファミリーの一員として、大局的見地に立つのさ。あの人の活躍が、巡り巡ってカラーズに恩恵をもたらしてくれたら、それでよしとしましょうよ」
こんなところだった。さあ。審査の結果や、いかに。
「次の飲み会の日取りが決まったら連絡しますよ」
それは最高の称賛だったのである。




