第五六五話 神宮寺孝子の肖像(一九)
一行は自動販売機コーナーもといカフェの中ほどにある円卓に着いた。六人分のコーヒーも調達され、用意は万端整う。第一声は、もちろん、みさとだ。
「よし。一丁、やっつけますか。剣崎さん。最近、あの辺りって、行かれました?」
舞浜駅西口の界隈である。
「いや。行ってないね」
「三月からビルの解体が始まります。もし名残を惜しまれるのでしたら、今のうちに、どうぞ」
「いよいよか。ありがとう。行ってみるよ」
「はい。で、跡地に建てるビルは、以前のプランと同じ地上五階地下一階でいきます」
「あ。外れたか」
孝子はつぶやいていた。道中に立てた、立体駐車場をビルに内包させる、という予想が不発となったのだ。
「どした? どした?」
「うん。待っている時に、いろいろ考えてたの。カラーズには社用車もあるし、入れられるものなら、斎藤さん、ビルに駐車場を入れてくるんじゃないかな、って」
「ほう。いい読み。最初は考えたのさ。いろいろ集約できたら面白いよね、って。でも、狭い土地に詰め込もうとすると、どうしても無理が出るんだわ。居住空間がしわ寄せを受けるとか。で、それを避けようとすると、ビルが塔みたいに高くなっちゃっうわ、建築費がかさむわ、維持費もかさむわ」
ここで、みさとの顔が動いた。
「お前。聞いてるか。ぼーっとするなよ」
視線の先には麻弥だ。先刻よりの自失状態が、いまだ解けず、うつむいていたのだった。
「あ、ああ」
「正村さんもナジコの車をお買い上げになってはいかがですか?」
思わぬ方面からの思わぬ一言は尋道による。
「なんだよ。いきなり」
「さっきの、ただただ、というやつですが、難しいですよね。いきなり性格を丸ごと入れ替えて、と言ったようなものでした。なので、重工系の企業であるカラーズにとっての禁忌を、あえて冒すことでカリスマの領域に触れてみてはいかがかな、と思いまして」
「カリス・マヤ」
孝子が何気なく漏らしたつぶやきが、なぜか、大当たりした。全員が噴出だ。
「何が、カリス・マヤだ!」
「いいじゃない。カリスマの気分がわかれば、私を敬う気にもなるでしょう。買え」
「面白いかもね。お前、ちょっとしみったれ気味だし、冒険するのもありかも? 買え」
みさとも乗ってきた。加えて、再びの思わぬ方面からの思わぬ一言、というかコールは関である。
「カリス・マヤ。カリス・マヤ」
手拍子を取りながらあおる。孝子、みさと、と合流して、しまいには剣崎と尋道も来た。
「もう! 寄ってたかって! わかりました。買う!」
「イエーイ。カリス・マヤ、重工の敵ー」
「お前だってだろ!」
「斎藤さん。一件落着したところで続きをお願いします」
いがみ合う孝子と麻弥を無視して尋道が話を進める。
「ほい。さっきの続きだけど、そのうち考えが変わってね。あんな一等地にあるんだし、車にこだわる必要はないでしょうよ、って」
決断の内容は、こうだった。尋道から依頼のあった三人の車以外とは縁を切る。
「え。じゃあ、社用車とかは、どうするんだ?」
麻弥が食い付いてきた。車好きとあって、気になる話題だったのだ。
「処分する。ワタゲンさん借りてる車は、期間が過ぎたら返却ね」
「伊央さんから預かってる車は?」
「launch padのままかな。あの車、でかいし、高いしで、ここに持ってきて、そこらの駐車場にずっと入れておくのって危ないじゃん? launch padなら警備も入ってるし、安心じゃん?」
「うん。お前は、どうするんだ。車」
「処分する。幸いね、駅の近くだけあって、この辺りって、レンタカーとかカーシェアリングが、結構、あるんだわ。どうしても必要なときは借りるよ。社用車も、そのへんで代用するつもり。経費を考えても、そのほうがいい。ああ。お前、車で通いたいんだったら、そこらの駐車場を借りて。補助は出すよ。で、残るは、おVIPさまたちのお車よ。見て」
みさとが持参のビジネスバッグをまさぐって取り出したのはA3判の平面図だった。円卓の中央に置かれた、それにはコの字を左に九〇度回転させたような太枠が記されていた。ビルの外壁である。その中の間取りにはL字を左右反転させたような空白があって、黄色い長方形の枠が大二つに小一つと配されている。駐車スペースだ。残った左上は昇降ホールとなる。
「ご承知のとおり、敷地が狭くて、取れるスペースも、まあ、こんなものさ。場所は、事前にお伺いを立てた上で、こうした」
逆L字の縦棒に当たる小枠が剣崎、横棒左の大枠が孝子、右の大枠が関、とみさとは順に指し示した。
「剣崎さんの車、入らないだろ」
反ばくは、麻弥だった。小枠に指を突き立てている。
「そうね。今のお車は入らないね。基本は、軽。ぎりぎりコンパクトカーかな。一番、長くいるし、っておっしゃっていただいたんで、甘えさせてもらったんだけど」
「え。剣崎さん。THI-GTは、どうするんですか?」
THI-GTは、高鷲重工業株式会社の誇るスーパースポーツカー、剣崎の車の名だ。
「ああ。処分するよ」
自らが選定に関わり、これまで、こよなく愛してきた、かの車の行く末を聞き、麻弥は一気に奈落の底に転落している。またぞろ消沈の像の現出である。なんとも面倒くさい女だ。




