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未知標  作者: 一族
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第五六二話 神宮寺孝子の肖像(一六)

 孝子と尋道が東京都目堂区のトリニティ本社に到着したのは午前八時前だ。出発から一時間足らずの道程は、車が順調に流れた結果であった。

「だいぶ早く着いちゃったね。こういう日に限って、信号も友好的で」

「日ごろの行いですね」

「嫌みか。剣崎おじさん、まだ来てなかったら、どうしようか」

 ビル一階の駐車場にとめた車にとどまって、剣崎へのメッセージを入力しながら、孝子はつぶやいた。

「詰めていらっしゃるはずですが」

「そうだった」

「ああ。あそこ。剣崎さんと関さんの車じゃないですか?」

 尋道が指した先を見ると、駐車場の最果てに見覚えのある青い車体と赤い車体がとめられていた。前者が剣崎で後者が関だ。組み合わせからみて、間違いないだろう。

「だね」

 返信を待っていると、駐車場に剣崎と関が現れた。

「いらっしゃい」

 と、言おうとしたのだろう。その、いらっ、まで言いかけて、剣崎は大あくびだ。

「失礼。いらっしゃい」

「寝不足ですか?」

「うん」

「私は売り方については、一切、注文していませんよ。自業自得」

「当たれば関の出世作にもなるわけだし、しがいのある苦労ってことで、納得してるよ」

 孝子は、わざとらしく舌打ちした。

「あーあ。やだやだ。そんな返しをされると、私が小物みたいじゃないですか。気を悪くしたので、仮歌は適当にやろう、っと」

「そんな。ああ。寒い中で立ち話でもない。中に、どうぞ」

 通されたのは地下のスタジオだ。コントロールルームに入ると見知ったエンジニアチームの面々がいた。孝子の全てのレコーディングに参加し、アーティ・ミューアの『FLOAT』では「ワールド・レコード・アワード」の「最優秀楽曲賞」を共に受賞した同志たちとの再会は、一年ぶりとなる。旧交を温めていると、剣崎から声が掛かった。

「ケイティー。いつでもいけるよ」

「私は、どちらを歌えばいいんですか?」

『花咲人』は、メインボーカルとバッキングボーカルが、AメロとBメロで入れ替わる構成を採る。それらのうち、自分の担当はどちらだ、という問いだった。

「どちらとも、お願いしたい。いいかな?」

「いいですよ」

 そうと決まれば、孝子は早い。一五分後には、メインボーカルとバッキングボーカル両方のレコーディングを終えている。

「待ち合わせまで四時間近くあるけど、どうしようか」

 メインブースからコントロールルームに舞い戻った孝子は、寄せられる激賞の声を聞き流しつつ、尋道に話し掛けた。

「あ。ケイティー。この後、俺も仮歌を入れるんだけど、聴いていってよ」

 関が寄ってきた。

「暇つぶしだと思って」

「仕方ないな」

 応じてみたものの、これがつまらなかった。孝子のときと異なって、剣崎が何度もリテークを指示するのだ。しかも、都度の打ち合わせを挟むので、間が長い。たまらぬ。

「剣崎さん。いつまでやるの。もう飽きた」

 三〇分ほどで孝子は音を上げた。腰を下ろしていたコントロールルーム奥のベンチ上で足をばたばたさせて、文句を垂れる。

「関の名誉のために言っておくけど、これが普通のレコーディングだよ。ケイティーが、いい意味で、おかしいの」

「何が、おかしい、だ。縁を切ってやる」

 孝子は拳を振り上げ、剣崎に向ける。

「やめて。誰か、二人をカフェに案内してきてくれないか。ミーティング、そこでやるつもりなんだけど、先に入ってて」

「よっしゃー」

 ぴょんと孝子は立ち上がった。

「では、僕たちは、それぞれ所用を済ませて、こちらにやってきたところが、早く着き過ぎたので無理を言って中に入らせていただいた、という体で、みなさん、よろしくお願いします」

 尋道のせりふに、剣崎以下エンジニアチームの応諾が響いた。彼女たちも、いい意味で、おかしい、ボーカリストとの共闘は、都合六度目になる。その生態は把握済みなのである。

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