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未知標  作者: 一族
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第五四九話 神宮寺孝子の肖像(三)

 舞姫たちの帰還は、午後一時をやや回ったころとなった。尋道が迎えると、停車したバスから転がるように降りてきたのは静だ。

「郷本さん! お母さんから連絡があって、お姉ちゃん、行っちゃったみたい! ロンドもいない、って。多分、連れていったんだ!」

 ほとんど絶叫である。

「神宮寺さん、午前中に顔を出してくれましたよ」

「え!?」

「静さん、後ろがつかえてます」

 乗降口をふさぐ形になっていた静は、指摘を受けて、さっと身を引く。

「あ。郷君。聞いた? たーちゃん、もう出ていったってなあ」

 これは美鈴だ。他にも、春菜、佳世と、孝子に近しい人たちが玄関先で立ち止まる。極めつけは、久方ぶりの正村麻弥の登場であった。みさとがバスに便乗して見学に行ったのは把握していたが、彼女はザールで合流し、そのまま付いてきた、といったあたりか。

「麻弥ち。お姉ちゃん、午前中に、ここ、来たって!」

「郷本。孝子、ここに何しに来たんだ?」

「旅行用のペットグッズが足りないので、買いに行ってくる間、ロン君を預かっておいてくれ、と言って、いらっしゃったんですよ」

「お前、また止めなかったのか」

「はあ。まあ」

「ちょっと孝子に甘くないか」

「さあ。どうですかね」

 なんと言われようと柳に風と受け流す。界隈のうるさ型が集っている現場だ。うかつな言動は慎むべきだった。

「ヒロ。ケイティーが、どこだかに旅行に出掛けた、って騒いでるみたいだけど、そんな騒ぐようなことなの?」

 そこへ、アーティがバスから降りてきた。背後にはシェリルの姿もあった。共にけげんな表情を浮かべているのは、日本語話者たちめ、自分たちの心情に夢中になるあまり、英語話者たちへの説明を怠っていたのだろう。

「いいえ。昨日、言い出した旅行に、今日、出掛けた、ってだけですよ。ケイティーらしいじゃないですか。僕は、そう思うんですが。アートは、どうです?」

「そのとおりよ。ザ・ケイティーじゃない」

 アーティはうなずくと、シェリルと語らいながら、そそくさ舞姫館に入っていった。温暖なレザネフォルからやってきた二人には、日本の冬の寒さはこたえるのだ。

「郷本さん。無責任なこと、言わないでくださいよ」

 会話を聞いていたようで、静が頬を膨らませている。

「これは、失敬」

「郷本さん。前にお姉さんが福岡に行かれた時は、休憩ごとに写真を送ってくださってたんですよね。今回も、そうなんですか?」

 春菜の指摘だ。以前に孝子がしでかした、福岡県春谷市と神奈川県舞浜市間の軽バン往復行について言っている。一年近くたっているが、何しろ鮮烈な行動だったので、思い起こしたのだろう。

「あの時は、夜っぴての移動になるので、都度の連絡をお願いしましたが、今回は昼間なので、特に心配するようなこともないかと思いまして」

 頼まなかった。これは、事実だ。が、孝子は前回の習慣を記憶していたらしく、休憩ごとにロンドとのツーショットを送ってくる。こちらの事実は、黙秘だ。披露すれば、うるさ型たちに集中砲火を浴びる羽目になる。毎回、サービスエリアだかパーキングエリアだかのチャンネル文字を背に、変顔を披露する孝子とロンドの写真は、独り占めしておくのが吉とみる。

「皆さん、お戻りになったので、僕は、ぼちぼち引き上げさせていただきますよ。お疲れさまでした」

「あ。郷本さん。郷本さんも、お姉ちゃんに連絡してみていただけませんか」

「誰がやっても変わらないと思いますけどね」

 やるともやらぬとも明言せず、尋道は舞姫館へ入った。この状況下で残す履歴は、孝子への決闘状のようなものだった。冗談ではなかった。詰まるところ、やらない。

 と、スマートフォンが鳴動している。孝子だ。ロッカールームで確認すると、先の福岡行でも立ち寄った冨士埜発の一枚であった。飼い犬と頬を寄せて写真を撮るような朗らかさなど、薬にしたくもない人にしては、ご機嫌ではないか。せっかくよい心持ちでいるのに、わざわざそれを損ねて、怒らせる法もあるまいに。

 手荷物を回収して外に出ると、まだ静たちはたむろっていた。深刻な表情で額を集めている。尋道は構わず舞姫館前の駐輪場に向かうと、愛車の電動アシスト自転車にまたがった。見れば、先ほどまで舞姫館の前にとまっていたバスが、今まさに敷地を出ていこうとしている。その後背を追って、尋道はペダルをこぎ出した。

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