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未知標  作者: 一族
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第五四二話 冬物語(二一)

 遠方からの来客を迎えるため、東京空港をおとなうのは、孝子ただ一人の役目となった。なった、というか、そうした。多数あった同道の希望を、ことごとく拒絶したのは孤独を満喫するためだ。早朝となる到着便への対応を口実にホテル入りすれば、後は孝子の独壇場である。自分の都合で、食って、寝て、とできるのは至福の境地といえた。

 翌朝の午前五時、国際線の到着ロビーで待機していると、来た。小ぶりなスーツケースを引いて、エディ・ミューア・ジュニアだ。

「やあ、タカコサン。おはよう!」

 いつもながらの達者な日本語のあいさつだった。

「おはよう。エディさん」

「一人ですか?」

「うん。いろいろ都合が合ったり、合わなかったりで。それでも、アートぐらい連れてきたほうがよかったかな」

「むしろ、アートこそ、いなくていい」

 日本語を話せない妹がいれば、場のコミュニケーション手段は英語に限定される。とんでもないことだ。なぜ、日本に来て、英語をしゃべらねばならないのか。迷惑極まりない。妹と同じブロンドの頭髪を振り回しての熱弁だった。重度の、と称していい親日家なのである。この青年は。

「そういえば、タカコサン」

 ターミナルビルを出たところで、エディが言った。

「はい」

「正式な発表は週明けになると思うんですが、『My Fair Lady』が「ワールド・レコード・アワード」にノミネートされます」

「おめでとうございます。今回も、いい目を見られるかな」

「そうなれば最高ですが、ノミネートされるだけでも、十分に誇らしいことなので」

 ターミナルビルに、可能な限り寄せていたので、車まではすぐだった。エディの荷物を積み込み、出発する。目指すは幸区亀ヶ淵のlaunch padだ。すぐにでも舞姫館を見たい、とリクエストされた。長旅の直後になる。午後には、剣崎、関らと共に舞姫の試合を観戦する予定も組まれている。それが済めば、ミーティング、会食、と続く。まずは小休止を入れては、と伝えたのだが、エディ氏、週末だけの滞在になるので、一分一秒が惜しい、という。

「『Power』のミュージック・ビデオに、マイヒメを出したい、ってアートが言ってきたんですよ」

「言ってましたね」

「撮影を、マイヒメの体育館でできないか、と考えましてね」

「ああ。その下見を?」

「はい。本当は、新舞浜トーア、か。あそこの劇場を使いたかったのですが、難しそうだな、と」

「なぜ」

「引く手あまたで、枠が空いてないんですよ。最新の劇場だし、仕方ないんですが」

「ああ」

「舞姫といえば劇場でしょう。なんとか使いたかったけど、まあ、こればかりは」

「そうですね。舞姫館だったら、いくらでも都合を付けられますしね。使うのにお金も掛からないし。それでよしとしましょう」

「お金の心配はいりませんよ。マイヒメの方たちにも、ミュージック・ビデオの出演料は、きっちりお支払いします」

「いいことを聞きました。ボーナスがあるよ、って言ったら、みんな、目の色を変えるな」

 週末の早朝だった。交通の流れはよく、一時間弱で車は舞姫館に到着した。寮棟側から入った館内は静寂に包まれていた。午前六時前では起床している者がいても、まだ自室にこもっているころ合いだろう。

「試合が午前中の日だと、この時間は、もう大わらわになってるんですよ」

「らしいですね。アートに聞きましたよ。朝のうちに試合をするのだけは、本当に勘弁してほしい、って」

「ロケッツさんに甘えている限りは難しいですね。かといって、単独で試合を開催できるような体力は、マイヒメにはありませんし。じゃあ、ご案内しますね」

 エントランスホールを抜けて通路を進み、体育館棟につながる扉の前に立った時だ。

「お。エディじゃん。もう着いたんか」

 背後から聞こえてきたのは市井美鈴の大声である。階段を下りてくる。起き抜けらしく、頭髪はやや乱れていた。

「私も迎えに行きたかったんだけど、試合日だろうが、ってたーちゃんに怒られてさ」

「それはタカコサンが正しいよ」

 ちっ、と美鈴がわざとらしい舌打ちの音を立てた。

「二人は体育館に何か用だったんか?」

「エディさんがね、例のミュージック・ビデオを体育館で撮るかも、っておっしゃって、案内をしようと。ミス姉、成り代わってくれてもいいよ。この建物のことは私よりもミス姉のほうが、はるかに詳しいでしょうし」

「任せろ!」

 機を逃さず押しつけを達成した孝子は、寮棟二階の2C号室へと引っ込んだ。予定が目白押しの一日は始まったばかりだ。少し仮眠を取るつもりだった。その間、エディほどの社交家ならば、放っておいても大過はあるまい。

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