第五四〇話 冬物語(一九)
場内が暗転した。弾んでいたボックスシートの声が止まった。
「ああ。時間ですね」
薄闇の中から尋道のつぶやきが聞こえてきた。
「もう? 三〇分だか、早かったね」
孝子の体感は、場の雰囲気が良好だったことの証左だ。
「オープニングムービーが始まりますよ。前に出て見ましょう」
抜かりない司会ぶりで懇親を統べていた男が、ここでも一行を導く。ボックスシートの客席側にせり出した部分に向かって前進だ。
手すり壁に取り付いたところで、いつぞや見たオープニングムービーが始まった。前回の視聴時は全編にわたって3Dモデルが用いられていたが、本番仕様というのか、実際の映像の交わったものへと変わっていた。超大型スクリーンの迫力とも相まって、大変に印象的だ。
「ほほほ。かっこいいなあ。ここまでのは他にないんじゃない?」
映像の終了と同時に、称賛が口を突いて出た。
「ないですね。地の利が圧倒的過ぎます。体育館に毛が生えたようなアリーナでは、本格の劇場に太刀打ちできるはずがありません。それだけでも、つかみは十分なのに、舞姫ときたら、とにかく強い。まさに、花も実もある、って日本リーグとは思えない観客の動員ですよ」
「確かにぼちぼち埋まってるじゃん」
場内の照明が戻り、目に入ってきた眼下の客席は、既に八割方は埋まっているように見受けられた。この分なら、試合開始までには満席となる可能性が高かった。
「まだ負けてないんだっけ?」
「負けてないですし、この先も、負ける図が、ちょっと思い浮かびませんね。その当たりは、ちょうど専門家がいることですし、解説してもらいましょう」
唐突の指名に、景と佳世は目を白黒させている。
「どっちにやってもらおうか。よし。須之ちゃん」
「は、はい」
せき払いの後、景は語りだした。
「あの、お姉さんは、舞姫の試合の、最初の三分ぐらいを、なんて呼ぶか、ご存じですか?」
「知らない」
「『魔の三分』って」
「どういう意味?」
舞姫のスターティングメンバーは、以下となる。
ポイントガード、背番号「2」、神宮寺静。
シューティングガード、背番号「11」、市井美鈴。
スモールフォワード、背番号「9」、北崎春菜。
パワーフォワード、背番号「1」、アーティ・ミューア。
センター、背番号「33」、シェリル・クラウス。
この五人が開始三分で付けた点差を元に、試合を支配していくのが、舞姫のバスケットボールなのだ。
「三分で、どれくらい点差が付くの?」
「とにかく相手が攻められないんですよね。静と北崎さんに絡まれて、すぐボールを奪われちゃって。市井さんとアートとシェリルは、全然、外さないし。だから、一気に二〇点近く、いっちゃいますよ」
一時間後に始まった試合は、まさしく、景の解説どおりの導入部となった。静と春菜による守備のユニットは狡猾ですらあり、彼女らが巻き上げたボールを託される攻撃の三人は、極めて確率が高い。あれよあれよという間に一八点差だ。
点差が付いた以降の試合で目立つのは、ヘッドコーチ、中村憲彦の采配である。
「中村さん。最初の五人を、あまり使わないんだね」
観戦の途中、その特徴に気付き、孝子は指摘した。
「ええ。データを見ても、五人の出場時間は他よりも、明らかに短くなってますね。国内組に経験を積ませたいのと、ミス・クラウス以外のアメリカ組は通年で戦い続けることになるので、負担の軽減と。そういったお考えだそうです」
「ああ。そういう」
尋道の解説に孝子は首肯した。
「でも、さすがは中村さんです。代わりに出てくる選手たちが、スタメンの五人を凌駕するぐらい生きがよくて、見劣りしません」
確かに、ほぼスターティングファイブの出番がないにもかかわらず、点差はぐんぐん広がっていく。さりとて相手が弱いわけではない。この日の対戦相手であるSSCアイギスは、リーグ屈指の強豪チームなのだ。
「実業団崩れと新卒しかいないのに、中村さん、名将だね。で、ここに、来年は須之ちゃん、再来年には佳世君が加わるのか。無敵じゃないの」
舞姫時代の到来を予言した孝子に、景と佳世が歓呼する。舞台では、孝子の言に呼応するかのように、舞姫たちが躍動していた。そのさまたるや、乱舞と称するにふさわしかったことである。




