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未知標  作者: 一族
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第五三九話 冬物語(一八)

 孝子と尋道のやりとりを、佳世はこわばった表情で見守っている。さもありなん。もしかして、自分も、この冷徹な男の下に付かねばならないのか、と考えれば、固唾をのみたくもなろう。

「佳世君。大丈夫? この人とうまくやっていけそう?」

「どうでしょう……」

「池田さんがカラーズに加わるころには、斎藤さんも復帰されているでしょうし、そうなればカラーズの実質的な大将は譲位になりますので、あの方の下に付いたらいいんじゃないですか」

 税理士の実務経験を積むためにカラーズを離れている斎藤みさとの名前が出てきた。

「そうだ。須之内さんも斎藤さん待ちのほうがいいかもしれませんね。一年目はバスケに専念する、ということで」

「いえ。私は郷本さんがいいです」

 はっきりと意志の通った声は景だった。

「そうですか。では、のんびりやっていきましょう」

「はい。よろしくお願いします」

「須之ちゃんがいいなら、いいんだけど」

 思いも寄らない展開に孝子は、やや絶句の体であった。

「こいつは、自分の一部分だけでも理解しているんだな、と思っていただけたのではないですかね」

 尋道氏の自己評価だ。

「一素人を、三年足らずで女子バスケットボール界有数の選手に育て上げた方の人心掌握術は、まねをしようったって、到底、無理です。ならば、僕は、須之内さんの人となりに添った対応をするしかないわけで」

「ほう。じゃあ、参考までに聞いておくけど、佳世君だったら、どう対応するの?」

「池田さんですか」

 視線を受けて佳世は首をすくめる。

「基本的に須之内さんと近いタイプですが、神宮寺さんとの距離が近しい、という環境的な特徴があるので、そこを生かしましょう。あなたのお付きなんて、どうですか」

「何、それ」

「秘書と呼んだほうが、通りがいいですかね」

「お姉さんの秘書! すてきです!」

「いらない」

 その手は、日々、多忙な真の社長が持つべきものだ。社長業に関しての孝子は、真と正反対の方向に直立している。

「まあまあ。秘書がいてくれると非常に助かるんですよ。新しいおうちには池田さんも付いていくんでしょう? かつての正村さんの役どころを池田さんに期待したいわけでね」

「大げさな」

「あなたに直接、連絡を差し上げても、二回に一回は返事をいただけませんが」

 孝子は瞑目した。ここで日ごろの習癖に足を取られるとは。

「というわけで、池田さん。秘書に応募されるのであれば、一つ、必須の条件がありましてね」

「なんでしょうか?」

「車の免許は、お持ちですか?」

「ないです」

「では、マニュアルで取ってください。秘書が助手席なんて、お話になりません。よろしければ、こちらで日程を組みますよ」

「お願いします!」

 孝子は軽く舌打ちした。

「こうなったら、こき使ってやる。犬の毛繕いとかさせてやる」

「わんこさんのお世話なら、喜んで承りますよ!」

「ロン君のお世話も、ですか。では、いっそ、池田さんにはハウスキーパーになっていただきましょうか」

「なんだよー、それ」

「そのままですよ。神宮寺さんの身の回りのお世話を池田さんにやっていただくんです」

「カラーズでやること?」

 社長室でも秘書室でも、名称はなんでも構わないが、そのあたりの職務と言って言えなくもない。なんとでもなる、などと尋道はおうようだ。

「新しいおうちは、とても広いと聞きますし。神宮寺さんは、まだまだ試験勉強が続きますし。ハウスキーパーがいれば、何かと助かるはずですよ。さあ。社長室か秘書室の室長就任に向けて、池田さん。アピールしてください」

 佳世が大きな体で孝子に組み付いてきた。

「お姉さん。きっとお役に立ってみせます。私を社長室に置いてください」

 傍らでは景が小さく拍手している。

「ああ。もう。二人とも手なずけられて」

 相手が悪かった。この一言に、ひたすら尽きるようであった。

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