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未知標  作者: 一族
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第五三七話 冬物語(一六)

 舞姫館の玄関先では中村が待っていた。三人が会話をしていると、信号に引っ掛かって遅れていた景の車も到着した。これで会合の参加者がそろった。

「打ち合わせは男性用のロッカールームで行いたいのですが、構いませんか?」

 館内に入ったところで尋道が言った。不意のちん入者を防ぐため、と補足が入る。

「ミス姉とおはるか」

「あえて名前は出しません」

 初めて入った男性用のロッカールームに、孝子は歓声を上げた。スポーツロッカーが立ち並ぶ眺めが清新に映ったのである。

「へえ。中は、こんなふうになってたんだ。面白いね」

「スポーツ施設ならではですよね。空いている席にどうぞ」

 九つ設置されたロッカーのうち、三つには荷物が納められていた。尋道、中村、彰のものだろう。孝子は一番奥のロッカーに入り込んだ。隣に景が来る。

「時間も時間です。手早く済ませましょう」

 尋道がロッカーから押し出してきた。設置されているスポーツロッカーの座面は可動式になっているのだ。ならって孝子も出た。中村、景と続いて、四人が額を集める形となった。

 尋道の進行による説明が始まった。景の舞姫入りは、自らの意志ではなく中村の意向に流されて、というやつだ。

「須之内さんのお人柄を、重々承知されている長沢先生を欺くには、これしかないでしょう」

「はあ」

 返事は、なんとも煮え切らない。

「中村さんに、強引に勧誘された、って筋書きなので、そういう態度でも、構わないといえば構わないんですけどね」

「じゃあ、もう終わり?」

「で、いいんじゃないですか。須之内さん。後の打ち合わせは僕たちでやりますので、もうお引き取りいただいて結構ですよ」

「い、いえ。最後までいます」

「いなくていいですよ」

 孝子は噴き出しかかっていた。尋道も、言う。

「怖いなあ」

「強引に誘った手前、事後の手続きは全て中村さんが引き受けた、とする方向で考えていますので、本当に、いなくていい、ってだけですよ」

 ここまで手ひどく切り捨てられた経験は初めてに違いなかった。景は身動き一つしない。

「私は殴りかかるイメージだけど、郷本君は真綿で首を絞めるイメージだよね」

「恐れ入ります」

「褒めてないんだけどなあ。まあ、いい。続きを、お願い」

 始まったのは尋道による分析だった。須之内景は、その才能を大いに嘱望された存在である。長沢、各務、松波ら女子バスケットボール関係者に、彼女の内定辞退および舞姫加入を嘆く者はおるまい。また、景を受け入れる予定の那古野女学院も、実際の就職時期が再来年度とあっては、強いて問題として取り上げはしないはず、とみる。

「そういえば、枠の問題は、どうやって解決したの?」

 日本女子バスケットボールリーグが定める一チームの登録人数は一六人。現在の舞姫に所属する選手は一五人。一六人目には既に池田佳世が内定している。どのようにして、景のための枠を確保したのか、と孝子は問うたのだ。

「ミス・クラウスとアートの契約期間が再来シーズンまでなのは、ご存じですよね。二人のうち、ご家族のおられるミス・クラウスは、ほぼ間違いなく契約を延長なさらないと思っていましたし、実際、考えていない、とのお言葉をいただいています。池田さんが舞姫に加わるのは、再来シーズンのアーリーエントリーからですが、アーリーエントリーには人数制限がありませんので。シーズン後にミス・クラウスと池田さんが入れ替わりになって、枠の問題は起こらない、という寸法です」

「お言葉をいただいた、って。シェリルに聞いたの?」

「ええ。契約の満了後は、どうされるのですか、と。退団されるのでしたら、次の選手に内定を出しても構いませんか、と」

「須之ちゃんの話もしたの?」

「いいえ。ミス・クラウスと入れ替わりになるのは池田さんです。須之内さんは前年に入団していますので、お名前を出す必要はありません」

 順序としては、確かに、そうだが。

「ミス・クラウスだけではありません。他に対しても、今回の顛末は漏らさないほうがいい類いのものでしょう。理解を得られるか、といえば、微妙ですからね。あくまでも中村さんに押し切られた体を貫きましょうよ。それが須之内さんのためです。いいですか。いいですね」

 相変わらずもごもごしている景に念押しが飛ぶ。主役の力量不足は明らかで、公演の先行きには暗雲が垂れ込めている状態だ。困った次第になる可能性は、今のところ、大といえた。

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