第五三五話 冬物語(一四)
放課後に舞浜大学女子バスケットボール部を訪ねれば須之内景はつかまる。差し入れの菓子を携えた孝子が、舞浜大学千鶴キャンパスの体育館に入ったのは午後の三時過ぎだ。体育館の中は、女子バスケットボール部以外にも屋内競技の部が活動していて、大層なにぎわいとなっていた。
「お姉さん。差し入れですね」
孝子が女子バスケ部に向かっていこうとしたところに、明るく弾む栗色のショートボブが駆け寄ってきた。目ざとく孝子持参の紙袋を見つけた池田佳世だ。
「佳世君の分はないがね」
「そうやって私にちょっかいを出すあたりに、お姉さんの愛を感じます」
つま先の蹴りを、佳世はひょいとかわす
「ほれ。礼はいらない。言いに来たら持って帰る。あと、佳世君。須之ちゃんを呼んでおくれ」
紙袋を手渡すのと同時に孝子は呼び出しを依頼した。
「はい。須之内先輩ですね。少々、お待ちをー」
いったん女子バスケ部に戻った佳世が周囲と語らっている。孝子の注文を伝えているのだろう。全員の黙礼を受けて、孝子は小さく右手を振った。
そうこうするうち、佳世が景を連れて戻ってきた。一九〇センチ近い長身が並んださまは、なかなかに壮観であった。
「ご苦労。佳世君は戻っていいよ」
「えー。私も仲間に入れてくださいよー」
「一緒に締め上げられたい、と申すか?」
「須之内先輩の分のお菓子は、私が食べておきますね」
佳世はそそくさと逃げていった。後に残された景は、不安げに目をしばたたかせている。
「あの、お姉さん。何か」
「舞姫の件だけど」
「あ」
「表で話そう」
言って、孝子は景の返事を待たずに体育館を出た。と、前言撤回だ。話し込むには、一一月末の屋外は、少し厳しい。
「やっぱり、こっち」
寒気を避けて向かったのは、体育館に隣接して立つクラブハウス棟だ。アルバイト先の北ショップ横に軽食コーナーがある。対決の場は、そことする。
軽食コーナーは無人だった。孝子は入り口の程近い席を選び、背の高いスツールに腰掛けた。
「座って」
はったと景をにらむと、ただならぬ鋭気を感じ取ってか、景は直立不動となる。
「いえ。このままでお伺いします」
「そう。じゃあ、早速、始めるよ。須之ちゃん、舞姫に入りたいんだって? それには建前が必要なんだけど、その意味、わかる?」
「建前、ですか?」
「そうだよ。まさか、長沢先生に、あんたが結婚するなら那古野に行くのやめるわ、って言うつもりじゃないでしょうね?」
景は、はっとなった。
「今までと同じように構ってもらえなくなるなんて、嫌だよ、って。そんな泣き言を聞かされてみろ。長沢先生だって困る。だから、建前」
ちょうど、よい題材がある。舞姫に加入したシェリル・クラウスだ。彼女の、打倒全日本に懸ける心意気に打たれるがいい。シェリルの挑戦に挑戦したい、と言えば、その気炎に恩師も目を細めてくれるだろう。元々の発案は尋道であったが、孝子はしゃあしゃあと盗用してのけていた。
「那古野くんだりまで付いていこうとしたぐらい、長沢先生を尊敬してるんでしょう。その人に心配を掛けるな。きっちり後始末を付けろ」
言いたいだけ言って、孝子は立ち上がった。立ち尽くす景にずいと迫る。
「わかったか。甘ったれ。今、私が言った筋書きで、一芝居、立派に打てるなら舞姫に入れてやる。打てないなら、知らん。どこへなりと行ってしまえ」
そうたたき付けると孝子は身を翻した。追いすがってきて、万々承知、とうそぶくような景ではあるまい。結果が知れるのは幾分先のこととなろう。さあ。鬼が出るか蛇が出るか。と、これは、どうも、適切なクオーテーションではないようだった。




