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未知標  作者: 一族
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第五三四話 冬物語(一三)

 舞姫館へと向かう道の途中で孝子は尋道を発見した。見覚えのあるマリンブルーのフレームが、自転車用のレーンを悠々と走っていた。助手席側の車窓を開けて、並んだ瞬間に孝子は叫んだ。

「話がある」

「隣で」

 尋道の指定は、舞姫館が所在する敷地の隣のサービスステーションだった。中には喫茶コーナーもある。そこで聞く、というのだ。

「わかった」

 言い置いて孝子は尋道に先行した。ルームミラーに映る彼の姿は、見る見るうちに小さくなっていった。

 サービスステーションに到着した孝子は、喫茶コーナーに入り、二人分のコーヒーを注文した。店内の隅を占めて待つ。

「せっかくの志ですが、僕が着いてから注文してくれたほうがよかった」

 一〇分後、ぬるくなったコーヒーに口を付けた尋道の苦言だ。

「うるせえ。黙って飲め」

「お話とは?」

「うん。朝、静ちゃんが郷本君のおうちに行ったでしょう? それを巡って、神宮寺さんちが揺れましてね」

「ほう」

 説明は、八割が愚痴となった。義妹と養母をこき下ろす。

「別に、尋ねてくださってよかったんですよ」

「意外なことを言うね」

「尋ねた時点で、おばさんに対する義理は立つでしょう。その上で、僕は断りますので」

「で、すごすご復命するの? 子供の使いか」

「そうですね。言いませんよ」

「言わなくてもいい。多分、私、わかってる。やっぱり、なんともならない?」

「はて」

「須之ちゃんでしょう?」

 尋道の表情は動かない。孝子は構わずに続けた。

「私、見てるんだよ。六月だったかな。長沢先生に留学生対策を頼まれて、那古野に行ってきたっていう、あの子に会ったんだけど、しょんぼりしてた。その時に長沢先生と正治さんの関係を知ったらしいの。各務先生がおっしゃるには、向こうでも先生と生徒で、よろしくやるつもりだったのに、当てが外れそうだからとかなんとか」

「ほう」

「で、今回、当てが外れることが確定的になって、須之ちゃん、舞姫に入れて、って静ちゃんに泣き付いてきたんだと思う。でも、選手枠があって、入れてあげられなくて、静ちゃん、げっそりしてるんだ」

 依然として尋道は不変だ。

「最初の質問に戻るけど、郷本君の力をもってしても、入れてあげられそうにないの?」

 先ほど文句を垂れたぬるいコーヒーを、一息に尋道はやった。翻意の表れ、と孝子はみた。じっと待つ。やがて、

「多少の調整は必要ですが、選手でも、スタッフでも、どうとでもなります。静さんにも、そのようにお伝えしました」

 尋道は、こう言ってよこした。

「じゃあ、なんで」

「問題は須之内さんの心構えです。舞姫で浮くだろうな、と静さんは心配されてまして。浮くだけなら、いいですよ。そういう向きが大嫌いな方が、いらっしゃるでしょう。下手をすると、たたき出される。そう、僕が指摘したところ、静さんの具合が、ますます悪くなったわけで」

 孝子は鼻を鳴らした。なんのことはなかった。誰あろうこの神宮寺孝子のかんしゃくを恐れて、静は不調を引きずっていたとは。

「あと、僕が須之内さんを諭したい、と言ったのも効いたかもしれません」

「どういう意味?」

「神宮寺さんの目をくらますために、やる気を見せるよう、きつめに言わせていただきますよ、と言いました」

「そっちのほうが効いてる。郷本君に締め上げられたら、須之ちゃん、逃げるね。間違いなく」

「その程度で逃げるようなら、いずれあなたにどやされる。どうしましょう?」

「仕方ない。黙認。いつまでもスー公にいじいじされてると、神宮寺さんちでの私の立場がなくなる」

「わかりました。では、取り急ぎ、静さんに吉報を」

 尋道がスマートフォンを操作する間を孝子は黙って過ごした。

「お待たせしました。これで、おうちに戻られたら、静さん、元気になってますよ」

「それは、それは」

「さて。忙しくなりますね」

「頑張って」

「はい」

「何から手を付けるの?」

「須之内さんに説諭します」

「結局、締め上げるんだ」

「長沢先生には後ろ髪を引かれてほしくないのでね。ミス・クラウスの挑戦に胸を打たれた、自分もあの人と戦いたくなった、とでも言ってのけて、長沢先生を安心させなさいよ、と」

「大事」

 確かに、須之内景の、あまりにも体裁の悪い舞姫への志望動機を隠蔽するには、一芝居が必要となる。

「他には?」

「須之内さんの同意が得られたら、次は、中村さんですかね。ナジョガクさんの内定を辞退するわけですし、各務先生と松波先生への、お口添えをいただきたいな、と。なので、中村さんにだけは実際のところをお伝えしようと思います」

「わかった。じゃあ、こうしよう。須之ちゃんを締め上げるのは、私がやろう。郷本君は中村さんとの話を進めておいて」

 しばしの沈思の後に尋道は言ったことである。泣かさないでくださいよ、と。

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