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未知標  作者: 一族
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第五三三話 冬物語(一二)

 帰宅するなり静は二階に上がっていった。そのまま下りてこない。自室にこもっているようだ。尋道に持ち掛けた相談とやらは不首尾に終わったらしい。そんなときだってあるだろう。全ての謀計があの男の手中にあるわけでもあるまいに、である。

 姉の、娘の具合を憂う人たちを尻目に、孝子は立ち上がった。出立のころ合いだった。

「孝子さん」

 勝手口のあるパントリーへと移動する途中で、養母の声が掛かった。

「はい」

「大学に行く前に、ね。郷本君のところに行って、静に何を相談されたのか、聞き出してきてくれないかしら?」

 いかにも難しい依頼だった。相手は、あの郷本尋道である。絶対にばらすはずがなかった。胸を張って請け負える。

「いえ。おばさま。彼は堅い人なので、聞くだけ無駄だと思います」

「ケイちゃん。そんなこと言ってる場合じゃないよ。静お姉ちゃんが心配じゃないの?」

 口をとがらせる那美を、孝子はじろりとやった。

「心配だよ。でも、それとこれとは別。あの男は、人の信頼を裏切るようなまねは絶対にしない。賭けてもいいよ」

「それはそうだけど。聞くだけ聞いてみて」

 くどい、と孝子は断じた。

「お断りします」

 たって言おうなら、にべもなく断られた上に、こちらの見識が問われるという、ありがたくないおまけまで付く。たとえ、大恩ある養母の頼みであろうとも。その養母に、奇怪の目で見られようとも。できないものはできない。

「失礼します」

 家を出た孝子は車に乗り込んだ。エンジンをかける前に、盛大に舌打ちをする。あのクソガキが。何が、心配じゃないの、だ。騒ぐだけが心配の表明だと思うな。養母も養母だった。無駄、と言ったのに、なんだ、あの顔は。それほどまでに自分が拒絶したのが気に入らなかったのか。だいたい、あそこまでかたくなに静が秘匿しようとしたことを探るなど、プライバシーの侵害だ。孝子は何も間違ってない。面白くない。全くもって、面白くない。

 いら立ちは容易に収まりそうになかった。気を静めるために孝子は事態の整理を試みてみた。静が色を失ったのはいつだったか。昨夜、孝子が全日本総合硬式野球選手権大会から帰った際には平静に見えた。長沢の慶事を語るや、静は驚喜して、LDKは大騒ぎとなって。話の後、孝子は就寝の準備に掛かったため、そのまま朝まで静とは顔を合わさなかった。とすると、夜中か。とすれば、わからぬ。

 お手上げだ、と諦めた孝子が車を発進させようとした時だった。電撃的な発想があった。喜び冷めやらぬ静が次に取る行動はといえば、長沢の下、鶴ヶ丘高校女子バスケットボール部で共に部活動に打ち込んだ仲間たちへの通知ではなかったか。具体的には、高遠祥子と伊澤まどか、そして、須之内景、以上の三人の名が挙げられる。三人のうち、祥子とまどかは、問題ない。静に呼応して、大いに長沢の慶事を喜ぶであろう。問題ありは、須之内景である。

 どういった順番で、静が仲間たちに連絡を入れていったかは判然としなかったが、いずれにせよ、面食らったに違いなかった。一緒になって喜んでくれると思っていたのに、景は、まるで喜ばない。むしろ、残念がってすらいただろう。なぜか。孝子は承知していた。その理由を、であった。

「向こうでも先生と生徒を続けるつもりだったのさ」

 かつて各務智恵子は、こう寸評していた。恩師を慕うあまりに、職場まで同じくしようとしたほどの景だから、という。恋人ひいては夫となるような人物の存在は、先生と生徒の時間を減らす要因になる。この考え方だった。

 とくれば、静が尋道に持ち掛けた相談の内容だって、読めてくる。甘ったれが、もう長沢の元には行けぬ、舞姫に入れてくれ、と静に泣き付いてきたのだろう。しかし、舞姫の選手枠はいっぱいだった、と孝子は記憶していた。さすがの尋道でも、手の施しようがあるまい。静の不調は、友人への義理とチームの現実との間で板挟みになった心痛が原因だったのだ。

 結論は出た。ほぼ正解に近いとみた。いかんせん、孝子にできることは、何一つないようである。これにて一件落着。

 ……とはいくまい。当面、静はしけた面をさらし、それに釣られて養家の人たちも、やきもきとする。一人、超然としている孝子は、冷めたやつだ、と白眼視される。たまったものではなかった。駄目で元々、尋道にすがってみよう。そう決めた孝子は車を舞姫館に向けるのだった。

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