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未知標  作者: 一族
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第五二九話 冬物語(八)

 ときめき、がついえるまでに、それほど長い時間は必要なかった。尋道の初っぱなの口上で、孝子は攻め手を失った形だ。いわく、

「一年以上前でしたかね。確か、北崎さんと池田さんが神宮寺さんの新しいお住まいに付いていく、とかいう話が決まったころですよ。当初は、海の見える丘の四人が、そのまま舞姫館の寮に移る予定だったのに、気付いたら一人だけになってた、って正村さん、すごく落ち込んでましたね。なので、僕、正村さんの気を紛らわそうと、下世話を承知で言ったんですよ。剣崎さんとの同棲を考えてみてはいかがですか、と。ただ、剣崎さんのお宅から舞姫館まで、車だと一時間強、電車になるとバスとの乗り換えもあって、さらにかかるとわかって。結局、その時は、ちょっと悩ましい距離だね、で、流れてしまったんですが、今の正村さんの職場って官庁街じゃないですか。剣崎さんのお宅からの距離が、舞姫館と比べて、だいぶ、近くなってますでしょう。差し入れを持っていった時に、ふと思い出しまして。税理士事務所の繁忙期もありますし、剣崎さんに検討を持ち掛けた次第ですよ」

 だそうな。覚えている。舞姫館行きを撤回して、美咲の新居へ転がり込むと決めた孝子に、春菜と佳世の二人が同行を願い出て、結果、独りぼっちになってしまった麻弥が、ひどく気落ちした、ということが、確かにあったのだ。

「どうしました?」

 丁々発止を期待していたにもかかわらず、全くの無風で、つまらぬ。この手前勝手が顔に表れていたようである。

「珍しく上手が手から水を漏らしたな、と思って。追い詰めて、勝ち誇るつもりだったの」

「余計な気を回しやがって、と?」

 孝子は盛大に首を左右に振った。

「そんなことは、一切、思ってない。ただ勝ち誇りたかったの。マヤ公なんざ、どこに行こうが知ったこっちゃない」

「ははあ。まあ、一つ言えるとすれば、すぐに底が割れるうそを僕はつきません」

 とうとう孝子、応接室のソファにふんぞり返った。客のくせに態度が悪い。

「お見それいたしました」

「恐れ入ります」

「褒めてない。褒めてないよ。ほら。ザールのボックスシートを使いたいって、私が郷本君に頼んだ時があったでしょう?」

「すぐにキャンセルされた、あれ」

「そう。みんなで見に行こう、って誘ったら、マヤ公、私用はまずくないか、とかほざきやがって。しらけるんだよ、あの子は。で、それを伝えたら、郷本君、言ったよ。私のリクエストは舞姫の要用で、マヤ公とは見解の相違がある、ってね」

「言いましたね」

 自分は孝子を、カラーズ界隈にあって唯一無二の絶対的存在、と考えているが、親友の気安さだろうか、麻弥には、そういった視点はないようなのだ。もっと尊重してしかるべきである、と尋道は眉間にしわを寄せている。

「郷本君が私を買ってくれているのは知ってる。だから、その絡みで暗躍したのかな、なんて思ったんだけどなー」

「確かに、あなたと一番近しいが故に、あなたを一番怒らせる機会の多い人を、あなたから遠ざけてしまえたら、少しは平穏になるでしょう」

 が、と尋道は言葉を継いだ。

「あなたの不興を買うリスクがね。下手をすると、これですよ。これ」

 尋道は手刀で自らの首をたたいた。馘首を表したジェスチャーだ。

「カラーズ的には、マヤ公より郷本君のほうが一〇〇倍大事だし、この程度で首になんかしないけどね。どうせ、半年もすれば、お別れしてた女よ」

「そうおっしゃらないで」

 鼻を鳴らして孝子は立ち上がった。

「帰る。帰って、寝る」

「寝る前にロン君と遊んであげるのをお忘れなく」

「はい、はい」

 手札を全てさらすがごとき行為も、時と場合によっては有効な戦術となり得ることに、孝子は気付かず郷本家を辞したのであった。

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