第五二八話 冬物語(七)
朗々とほざいた手前、段取りぐらいは付けておく必要があった。アーティの歌手活動を統括するエディ・ミューア・ジュニア。音楽面からのサポートを受け持つ剣崎龍雅。おまけで、このチームに加わりたがっている関隆一。これらへ『Power』のプロジェクト化を進言する。アメリカ国内の権威ある音楽賞は、今年度の審査対象を、九月末までに発表かつ登録された楽曲と定めていた。すなわち、再来年に向けた活動となる。理解したら、各自、適当に奮戦せよ。
「お。熱心。熱心」
通達の、なんと翌日だ。大学帰りに舞姫館に立ち寄るや、剣崎と関、アーティの出迎えを受けた孝子は称賛の言葉を送った。
「芸能人。暇なんですか」
「暇じゃないけど、居ても立ってもいられなくてね」
関は意気軒昂である。
「ミーティングですか」
次に問うた相手は剣崎だ。
「うん。ケイティーも、どう?」
「結構です。せいぜい頑張ってくださいね。私はお風呂を使うので、それじゃ」
『Power』における、ソングライターの出番は、とうに終わっている。三人の会合は、孝子には関係ない。巻き込んでほしくないものだった。
ゆったりと湯船に漬かった後は、最近のお気に入りである井幡のマッサージチェアに座すため、食堂に向かうと、何やら室内の様子がおかしい。雑然としている。わかった。剣崎と関がいた。彼らのうちの後者を目当てに、舞姫たちが押し掛けてきているのだ。ほぼ全員か。さもあろう。名の売れた芸能人が来館しているのだ。好奇心が抑えられなくとも、不思議ではなかった。
「ヘイ、ケイティー! 聞いて! アートがマイヒメを『Power』のミュージック・ビデオに出してくれるんだって!」
美鈴がすっ飛んできた。剣崎と関が陣取る中央の円卓に導かれかけたが、孝子は振りほどいて食堂を出た。あんな人いきれの中ではリラックスできっこない。洗濯物の洗い上がりを待つ間は2C号室にこもるとしよう。日課となりつつある包丁業の指導と歌唱指導についても、あの浮ついた雰囲気の中では、ままなるまい。今夜はお休みにして帰ることにする。
今後の指針を定めた孝子は、三〇分の後に行動を開始した。洗濯物を回収し、部屋干しを終えたらば身支度を整えて、いざ家路だ。
食堂前を通ると、中にはまだ、先ほどの連中がいた。
「ミスター・ケンザキ。私はもう帰りますけど、あなたも、あまり遅くならないように。かわいい彼女が待ってるんでしょう?」
食堂に入るなり軽口をかますと、
「え? いや。まあ。その、なんだ。いきなり連れていっちゃったみたいになって、申し訳なかったかな、って」
いい年をした男がへどもどとして、孝子は大笑いだ。
「いえいえ。私たちも、ぼちぼち次を考えないといけない時期でしたし。いいタイミングでした。前々からチャンスをうかがっていたんですか?」
「いや。郷本君に教えてもらってね。ケイティーたち、近々、引っ越さなくちゃいけないんだけど、麻弥ちゃんだけ行き先が決まってない、って」
意外の名前が出てきた。
「それって、いつ?」
「一〇月の末、いや、一一月の初めごろだったかな? 正確な日付は忘れたんだけど、仕事場の後片付けをしてるところに、彼が差し入れを持って訪ねてきてくれてね。その時に、そういえば、ケイティーたちも、って話になって」
流れとしては自然に思える。ただ、時期が気になる。ちょうど、ザールでのボックスシートの使用を巡って、孝子と麻弥が険悪になっていたころではないか。しかも、尋道は二人の対立を知っており、かつ、孝子のボックスシートの使用を、私用、と断じた麻弥の意向を気に入らぬげであった。どうにも、くさい。
「たーちゃん。さっきは、なんで怒ったん?」
沈思を、会話の一段落とみたのだろう。美鈴が声を出した。
「怒ってないよ。私、風呂上がりには、いつもマッサージチェアを使ってるんだけど、なんだか騒がしそうで、リラックスできないと思ったから、自分の部屋に行っただけ」
「そうなん? てっきり、ミュージック・ビデオの話が気に入らないのかと思った」
「なんで自分に関係ないことに腹を立てなくちゃいけないの」
「関係なくはないだろー」
「ないよ。私がミュージック・ビデオに出るわけじゃないし。まあ、いいと思うよ? うまくやれば、『ワールド・レコード・アワード』でパフォーマンスなんて展開も、あるかもね。そうなると、世界のマイヒメになるね。よし。帰ります。見送りはいいですよ。じゃ、おやすみなさい」
実際は、相手をしている時間が惜しいのだ。赴かなければならない場所ができた。郷本家だ。尋道にただす必要がある。お前の仕業か。これだった。
面白くなってきた。あの詐欺師との直接対決か。素直に自白するとは思われない。どんな応酬が発生するやら。一本、取れたら痛快なのだが。孝子、にんまりする。再度、言う。面白くなってきた。




