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未知標  作者: 一族
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第五二三話 冬物語(二)

 三人の放逐は正味一週間で完了した。麻弥を剣崎宅へ、春菜と佳世を舞姫館へ、である。

 孝子と麻弥は、いずれ劣らぬ家事の名手だ。一方、春菜と佳世は、いずれ劣らぬへっぽこどもだ。名手のうち、一人が去れば、必然、残った者たちの生活は、もう片方が一身に負う羽目になる。いかにもつらい。誠に遺憾だが海の見える丘におけるルームシェアを終えよう――我ながら完璧な理由付けだった。

「お手伝いします」

「お手伝いします、じゃないよ。何を言ってるの。はなから主体が私じゃない。麻弥ちゃんなら、手伝う、じゃなくて、任せろ、って言うね。私を気遣いたいんだったら、さっさと舞姫館に行ってくれるのが、一番なんだけど」

「孝子。やっぱり、私、残るよ。片付けもあるだろうし」

「残らなくていい。麻弥ちゃんには今しか時間がないでしょう。片付けなんか、のんびりやれば、一人でもできることだよ。余計な気は使わないで」

 最後はいささか強引になったが、春菜、麻弥と、なんとか連破を果たし、かくして孝子は一人暮らしを勝ち取ったのであった。折しも司法試験予備試験の三回目、口述試験合格の吉報も舞い込んできた。もはや、有頂天だ。

 が、好事魔多し。孝子の独居を伝え聞いた養母が、いっそ鶴ヶ丘に戻ってきては、と申し入れてきたのである。養女の身であり、また、養母が借り受けてくれた物件に住まっている身だった。服従は致し方ないとして、問題は戻った先にあった。孝子に割り当てられている「新家」の部屋は、四畳半の和室なのだ。あの狭い部屋に戻るのか、と思うと、げんなりする。

「はあ。それは、それは」

 あくび交じりの失笑は、愚痴の電話をかけた相手の尋道である。夜半だったもので就寝しかかっていたのだ。

「笑いごとじゃない」

「すみません。しかし、それだけ狭いと、ほとんど家具は置けませんね」

「置けないよ。寝床と学習机とたんすで、いっぱいになっちゃって。電子オルガンも、ずっと我慢してたもの」

「はあ。つらいですね」

 再びのあくびだが、孝子は無視して続ける。

「増築の話もあったんだけどね。養女の分際で、そんな、甘えられないでしょう?」

「そうですね」

「でも、おばさまとしたら、面白くないよね。あの時、拒否したくせに、今更、あんな狭い部屋は嫌じゃ、だと? このやろう、ふざけるなよ、ってなるよ」

「おばさんが、そんな、なりますかね」

「なるよ。だから、絶対に、言えないの。あと、ね。私、テレビ、見ないんだよ。でも、おばさまは、すっごい見るんだよ。テレビ付けたままで、お茶とか誘われるの、すごい迷惑。なんとかして」

「と言われても」

 孝子にとって、絶対に角が立ってはまずい相手だ。あからさまな策謀は仕掛けにくい、とカラーズの誇る寝業師は論評した。

「戻るしかない、と思いますよ。その上で、できるだけお宅にいる時間を少なくするとか」

「どんな口実で」

 司法試験予備試験を突破した孝子は、依然として受験生の身だった。平日については、この立場を有効利用するべきだろう、と尋道は言ってきた。これまでも自習の場所として活用してきた舞浜大学に立てこもるのである。

「そのほうが絶対に勉強もはかどるしね。すごく自然」

「ええ。そうだ。各務先生、めったにおられないそうですし、電子オルガンを置かせていただくのもいいかもしれませんね。息抜きに、ちょっとした演奏を挟むとか。ああ。週末も合わせて考えると、舞姫館に置くのも、いいのかな」

 週末、舞姫館、という名詞の意味するところは、こうだ。

「舞姫が試合で出払っているときの留守番ですね。基本は僕が詰めていて、都合が付かないときは斎藤さんに代わってもらう形になっていますが、寧日なく立ち働く部下をおもんぱかって、神宮寺さんは敢然と成り代わった、と。感動的でしょう」

 こちらも、うまい。思わず孝子はうなっていた。

「それでいこう。となると、何から手を付けたらいいかな」

「おばさんに相談すると、全て手はずを整えられてしまうと思いますので、お手を煩わせたくない、ということにして、一気に済ませるのがよいでしょう」

 引っ越し業者のパッケージを利用するのだ。うまく運べば、数日中には片付くのではないか、と尋道は付け足した。

「採用」

 打てば響く、とは、正しくこれだろう。こうして、浪人生時代から四年半余りにわたった孝子の海の見える丘生活は、終わりを告げる次第となったのである。

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