第五二〇話 まひかぜ(一八)
かつてない快適さ、といえた。今回の帰国で静が体験したレザネフォル国際空港から東京空港までの空路だ。二点間をつないだのは、アーティがチャーターしたビジネスジェットである。この上ない、と思っていた定期便のファーストクラスが、完全にかすんでしまった。それほどの威力だったのだ。
「アート。末永くマイヒメにいてよ。で、毎回、ビジネスジェットに乗せてくれ」
東京空港のビジネスジェット専用ゲートとなるプレミアムゲートトウキョウに降り立ったところで、同じくアーティの余慶を被った美鈴がほざいている。
「よくってよ」
反り返ってアーティはうなずく。
「行きましょう。着いたら、そのまま外に出て、ってヒロのメッセージよ」
声に、同行者たちが従う。今回のフライトには七人の参加者がいた。静、春菜、美鈴、アーティ、シェリルら舞姫組に加えて、特に友好関係の深い瞳とイライザ・ジョンソンのソア組だ。
ターミナルビルを抜けて駐車場に出ると、午後の快晴の下に見知った顔、見知らぬ顔、合わせて一〇人ほどが、送迎用と思われる数台の車の周囲にたむろしていた。一瞥では孝子の姿がないように見えたが。はて。
「お帰りなさい!」
祥子とまどかが走り寄ってくる。麻弥、みさと、尋道、井幡らも他の舞姫組に向かう。瞳とイライザに接近したのは高鷲重工アストロノーツとナジコハミングバードの関係者だろう。
「ただいま。二人とも来てくれたんだ」
「はい。早速ですけど、静先輩。撮影しますね」
まどかが手にしているのはビデオカメラだ。
「撮影?」
「舞姫のSNSに、帰国の様子を載せるんです。私たち、撮影部隊。簡単でいいですよ。全員分、撮るんで、一人頭の時間は短めに、って言われてます。じゃあ、始めますよ。はい。キュー」
「え?」
「え? じゃなくて。もう一度。はい。キュー」
動き得ないでいる静にまどかは渋面を作る。
「鈍い。静先輩。後回しにしてあげますから、その時は、ちゃんとお願いしますよ」
言い残してまどかは走り去った。彼女の後ろに付いた祥子は、何度も振り向いては、ぺこぺこと頭を下げている。
「静。終わったか?」
麻弥だった。
「いや。突然で反応できなかったら、まどかに、鈍い、って言われて、後回しにされた」
「LBAでも、そういうことあるんじゃないのか?」
「そういうときは、具体的な質問があるもん。簡単でいい、とか言われたって、困る」
「ははあ」
振り返った麻弥が手招きをすると尋道がやってきた。
「何か」
「いきなりカメラを向けられて、反応できなかった、って。簡単に、だけ言われても困る、って」
「ほう。撮影部隊には後で注意しておくとして、取りあえずは、ビジネスジェットについて質問された体でいきますか。練習してみましょう。正村さん、聞き手役をお願いします」
「うん。じゃあ、神宮寺選手。お帰りなさい」
麻弥のかしこまった様子に、静は思わず笑いだしていた。
「麻弥ち。似合わない」
締め上げられかけたが、尋道に叱責されて、二人は態勢を整える。
「改めて。ビジネスジェットでいらしたそうですね。いかがでしたか?」
「初めて乗りましたけど最高でした。専用のゲートがあって、乗り降りがスムーズなんですよ」
「はい」
「あと、私は、周りが全員、知った顔なのが助かりました。そういうの、気になっちゃうほうなので。すごくリラックスできて、よかったです」
「いいじゃないですか。それでいきましょう」
「ありがとうございます。今日は、お姉ちゃんは?」
再度、見回してみても、やはり、孝子はいないようだ。
「あいつは勉強。司法試験予備試験の二回目の合格発表が、昨日、あったんだよ。で、受かってて、超本気」
「え。すごい。難しい試験なんだよね?」
「そう。あいつ、天は何物を与えるんだ」
「本当に。我が姉ながら謎の女。あの人は」
麻弥とだべっていると、一通りの業務を終えたのだろう、撮影部隊が戻ってくるのが見えた。どれ、生意気な口をたたいた後輩めに、LBAで鍛えられたプロフェッショナルの応対ぶりを見せ付けるとしよう。静は勢い込んで祥子とまどかを迎えるのだった。




