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未知標  作者: 一族
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第五〇九話 まひかぜ(七)

 カラーズの「両輪」こと斎藤みさとと郷本尋道が、舞姫館のオフィスで顔を合わせたのは、午後八時になんなんとするころになる。互いが昼間に請け負った仕事の経過報告を行おう、というみさとの提案で集った。

 一足先に到着していた尋道が、みさとを出迎え、次の瞬間に、その背後をうかがうそぶりを見せた。

「お一人ですか?」

「神宮寺は逃げた」

「正村さんは?」

「連れてきてどうするの。まだ車輪は付いてないよ」

 孝子に称されて以来、カラーズの「両輪」を自任するみさとと尋道だ。そんな二人の回転数に対応できない麻弥は、いつの日か「三輪車」となるべく、斎藤英明税理士事務所で研修中の身なのである。

「先は長そうですか?」

「長そうねー。能力じゃなくて性質の問題。なんか、軽はずみなんだよね。ちょっと考えればわかるようなことを、ぽろっ、と言っちゃう。で、鬼の副所長に締め上げられる」

「人がよくて心配性な方ですしね。つい口に出してしまうのでしょう」

「私にしろ、郷さんにしろ、あいつに心配されるほど落ちぶれちゃいない」

「その話は、これぐらいにして、始めましょう」

 オフィスは無人だった。舞姫のスタッフたちは一日の業務を終え、それぞれのねぐらへと引き上げている。

「どっちが先駆けします?」

 二人分のコーヒーを淹れ、カラーズ島の自席に着いたところで、みさとは声を張った。

「そちらは盛りだくさんの様子なので、僕が行きましょう」

「拝聴」

 尋道によれば、氷室は提携の下準備として、一からサッカー評論の勉強をしたい、との希望を持っている、という。

「氷室さんの希望を入れた場合、提携が表立つのは、だいぶ先になってしまいますが、僕は賛成なんですよ。強行軍で臨んでも、氷室さんは名を汚し、カラーズは生半可な評論家を得る、と。誰も幸せにならない可能性が高い」

「うん。そうだね」

「なので、少し時間がほしい、と神宮寺さんには報告します」

「了解っす。じゃあ、次は私だね。郷さんと氷室さんが『まひかぜ』さんを出ていった後、さ。私、あそこの敷地の広さを測ろうと思って、メジャーの調達に走ったのね」

 すると、だ。戻ってみると、孝子がいない。逃げられたのである。

「ああ。計測に付き合わされると思って」

「そうよ。あの女。でも、いいんだ。関さんが手伝ってくれたもんね。おまけに、進捗状況を教えてほしいから、って関さんと連絡先を交換することになっちゃって! あ。やっぱり、神宮寺、許す、って思ったもんね」

「気を付けてくださいよ」

 高笑いのみさとに尋道がぽつりだ。

「関さんに、美人税理士と密会、なんてスキャンダルが出ないように」

「うっす。まあ、直接、会ったりするわけでもないし、大丈夫でしょ」

「はい。で、計測の結果は、どうでした?」

「うん。見て」

 みさとは所持していたトートバッグをまさぐり、A4判のファイルを取り出した。

「うちの父親の知り合いに建築士さんがいてね。その人に聞いてみたのよ。『まひかぜ』さんの広さで、三台分のスペースを確保できるか、って」

 みさとが示したファイルには、フリーハンドで平面図が書かれていた。みさと謹製の敷地図に、建築面積の最大値を元にした仮の間取りを建築士氏が加筆したものだった。縦長の長方形を取った間取りの中には、L字を左右反転させたような空白がある。これが駐車スペースで、残る左上は昇降ホールだ。

「六メートルに一一メートル、ですか。意外と広いんですね」

 平面図に書き込まれた寸法を見た尋道が言った。

「三台は、いけそうですか?」

「一応。ただ、大きな車は厳しい。剣崎さんと関さんの車、どっちとも、そこそこ大きくて、三台そろったら、ちょっと大変かも。そろい踏みは、めったにないと思うけど」

「そうですね。これで、六フロア中の四フロアが埋まったわけですか」

 みさとは岩城のビルを、現在の構造を維持した地上五階地下一階に建て替えると表明している。

「残り二フロアは、何か予定が?」

「まだ」

「大物二人を確保できたので、もう店子は十分じゃないですか? それよりも、神宮寺さんが興味を持ちそうな設備を入れていただきたいのですが。カラーズにとっての主題は、そちらなのでね」

「そこは、お任せあれ。郷さんのリクエストと私の構想は合致するんだ」

「わかりました。お任せします」

「ほい。そうそう。郷さんの告白、効いてたよ」

「告白?」

「麗しのボスとか。かわいい部下とか。くせ者、くせ者、って神宮寺、にやにやしてたもん。あとは私の構想のすてきさで、あの子、間違いなく、新オフィスに居着いてくれる」

「とどめ、お願いしますよ」

「任せろい!」

 みさとがひょいと右手を掲げると、尋道、応じて、手のひらと手のひらが打ち鳴らされた。「両輪」がひとたびまみえれば、こんなものである。

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