第五〇八話 まひかぜ(六)
みさとに遅れること三〇分。「両輪」の一、尋道が「まひかぜ」に到着した。こちらはこちらで、相棒とは異なる吹き回しをみせる。
「氷室さんの件ですが、F.C.さんへの申し入れは済ませてありますので、すぐに活動を開始していただけます。よろしければ、この後、具体的な内容についての打ち合わせをしたいのですが」
「いいね、郷さん! 抜かりない!」
みさとの賛辞が飛んだ。尋道が登場した瞬間には、大方は終わっていたのである。
「それしか取り柄がないものでね。時に、斎藤さんがいらっしゃるということは、こちらの売買について、何か進展が?」
「そうそう。聞いてよ。この子ったらさあ」
みさとが喜々として語る内容を黙然と聞いていた尋道は、一区切りとなるや、
「一階は駐車場にしましょう」
そう提案してきた。
「駐車場?」
「はい。関さんに、そこらの駐車場から歩いてきていただくわけにはいきませんよ。剣崎さんも仕事場に詰める時間は長いでしょうし。あとは、うちのボス。有料の駐車場を使ってまでオフィスに顔を出してくれるような人じゃないので――なんですか。やめてください」
最後は隣席から首を絞めに掛かってきた孝子をあしらう声だった。
「ボスに対する敬意がないぞ」
「ありますよ。麗しのボスのご尊顔を、朝な夕なに拝したくて言ったわけでしてね。もっとかわいい部下に会いに来てくださいよ」
「どこに、いるのかね。その、かわいい部下とやらは」
「あなたの隣に。ああ、それはそうと、斎藤さん。駐車場の件、よろしくお願いしますね」
あれよあれよという間に駐車場の設置は決定事項となったらしい。
「さて。ぼちぼち本業に取り掛かりますか。氷室さん。場所を変えたいのですが、構いませんか?」
「うん」
「どこに行く。不良社員」
孝子は尋道に問うた。
「舞姫館をご案内しようかと」
舞姫館のオフィスには、カラーズアスリートたちの動向を追うための環境が整っている。これを氷室に紹介するのだ。
「そっか。もう少し締め上げてやろうと思ったのに」
「なるほど。かわいい部下とのスキンシップがお望みでしたか」
「失せろ」
「では、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
大仰な一礼を残して、尋道は氷室と共に去っていった。
「全く」
孝子は鼻を鳴らした。本当に、つかみどころのない、ひょうひょうとした男だった。
「くせ者。本当に、くせ者」
「まあ、でも、あんたあってこそのカラーズだしね。結局、郷さんも、そういうことを言いたかったんだと思うよ」
「どうだか。ところで、斎藤さんや。ここに三台って、いける? 相当、厳しそうだけど」
「そうねえ。ここの敷地、奥行きはそこそこあっても間口が、なあ」
「ああ。いや」
上ずった声は関だった。
「そんなに頻繁には来られないと思うし、そこまで気を使ってくれなくても平気だよ」
「俺も、とめようと思えばトリニティの駐車場を使えるしな」
「まあまあ。せっかく確保した上客なんです。サービスさせてくださいな。郷さんも、そのつもりでお二人の名前を出したんだと思いますし。よし! やるぞ!」
「どうするの?」
「下手の考え休むに似たりよ。数字。数字が必要」
言うなり、みさとは勢いよく立ち上がった。
「岩城さん。こちら、メジャーとか、ありますか?」
「ないねえ」
「ですよね。買ってきます」
「剣崎さん」
飛び出していった背中を見送った視線を、そのまま剣崎に向けて、孝子は言った。
「うん」
「あの子、戻ってきたら、測量を始めると思うので、手伝ってあげてくださいな」
やるぞ、の持つ意味合いには、大別して表出と勧誘の二種があろう。今回は、後者だった。カラーズきっての活動家のことだ。昼下がりにかけて、ぐんぐん気温が上昇していくころだって、お構いなしに動き回るのは間違いなかった。付き合わされては、たまったものではない。三六計逃げるにしかず、という。速やかに撤退戦を開始する孝子であった。




