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未知標  作者: 一族
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第五〇七話 まひかぜ(五)

 官庁街の斎藤英明税理士事務所からでは、二〇分弱、といったところか。みさとの到着には、まだ少し間がありそうだった。

「そういえば、氷室さん、今日は、どうして? 練習はなかったんですか?」

 孝子は氷室にちょっかいを出すことにした。

「今週は試合が週二回あるの。で、昨日、試合だったんで、今日はオフ」

「それは、それは。これも何かの縁ですね。一口、いかが?」

「俺か。俺は、活動の場がアウトドアだしな。部屋があっても、持て余しそうだ」

「しみったれ」

「じゃじゃ馬」

「随分と親しいじゃない」

 軽口に、岩城は目を丸くしている。

「五月、だったっけ。彼女が、奥村のトレーニングに付き合って、F.C.グラウンドに顔を出してた時以来の仲ですね。きっぷのいい子で、すぐに意気投合しましたよ」

「かわいがっていただいてます」

「うん。まあ、敬愛する大先輩にも関わることだし、俺も一口、かみたいとは思うけどね。なかなか」

「じゃあ、カラーズとつるみますか。カラーズのお役に立って、間接的に岩城さんの後顧の憂いをなくす、と」

「どうやって?」

「今、カラーズはサッカー部門が手薄になってるんですよ」

「どこが。奥村がいて、伊央がいて、佐伯がいるでしょう」

「きゃつらの活躍を、広くアピールする手だてが不足しているんです。氷室さん。舞浜ケーブルテレビの小早川基佳は、ご存じですよね」

 無言で氷室はうなずいた。

「私たちとあれ、提携してて、公式サイトに寄稿とかしてもらってたんですけど、最近、ちょっと疎遠で」

「そりゃまた、どうして」

「あれが、佐伯のたっちゃんと破局しまして。声を掛けづらくなったんですよ」

「そういえば、彼女、佐伯の話を振っても反応が薄かったな。彼氏が移籍したところに、無神経だったか、って思ってたんだけど、違ったか」

「はい。チームをほっぽって、個人の栄達に走りやがった。恩知らず。なんて、あの子、熱くなっちゃって」

 氷室が首をひねるにとどめたのは、深入りを避けるためであったろう。確かに、一選手としては論評のしづらい話題であったには違いなかった。

「つまり、小早川さんの代わりに、連中の試合の観戦記みたいなやつを書けばいいのかな」

「現役の氷室さんにお願いするのも、失礼かもしれませんが」

「いや。俺も、もう三八だ。妻は、後は任せろ、なんて言ってくれてるけど、だからといって、本当に甘ったれるわけにもいくまいし。せめて、あいつの足を引っ張らない程度にはやらないと。カラーズさんとの関係を皮切りに、今後を探っていくのもいいだろうな」

「決まりですね」

 追加で孝子は電話をかけた。今度は、尋道だ。氷室との提携を告げると、彼も「まひかぜ」にやってくる、という。

 そうこうするうちに時間は過ぎて、みさとの登場である。入店と同時に動きが止まったのは、関隆一の存在に気付いたためのようだが、孝子は構わない。

「斎藤さん」

「う、うん」

「ここ、リノベーションか、建て替えか、するでしょう? 店子を二人、見つけておいたよ。剣崎さんは引き続き仕事場を構えたい、って。で、関さんは、剣崎さんの仕事場のそばに作業場をご所望だってさ」

 見ものだった。みさとはほえた。ウエーブのかかったセミロングは、逆立たんばかりとなっている。

「そうでなくちゃ! これぞ、あんた! うん。まさに、店子を入れる、ってのを考えてた」

 威勢のいい声は続く。

「そのためには建て替えが必要になるよね。というのも、このビル、設計が古くて、耐震性能も古い基準のやつなんだ。エレベーターもないし、店子を呼び込むには、弱いよ」

 しっかりしたものを建て、ふさわしい家賃を取る。みさとの基本理念だ。

「地上五階の地下一階ぐらいを考えてる。剣崎さんでしょう。関さんでしょう。カラーズでしょう。三フロア分、もう埋まった」

「カラーズを入れたら、家賃収入が減るでしょう」

「カラーズのオフィスを、ここに置くのには、海より深い理由がある」

「どんな」

「亀ヶ淵よりも、圧倒的に官庁街に近い。すなわち私が頻繁に行き来できる。私の価値はワンフロア分の家賃よりもはるかに高い。どうだ!」

 孝子は大いにうなずいた。

「確かに。ワンフロアどころか、残りの空き全部と比べたって、斎藤さんのほうが勝ってるね。いいよ。カラーズを入れても」

「うれしいことを言ってくれるじゃない。カラーズの『両輪』の原動力は、あんたの信頼だ。必ず報いるからね」

 言いも言ったり。受けも受けたり。応酬は一陣の風となって、「まひかぜ」の店内を、すがすがしく吹き抜けていった。

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