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未知標  作者: 一族
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第五〇四話 まひかぜ(二)

 昼時の斎藤英明税理士事務所である。閑散とした室内に、電話番を務めるため一人居残っていたみさとの腹が豪快に鳴ったのと同時だ。自席に置いて眺めていたスマートフォンに尋道の着信だった。

「どうしましたん?」

「お疲れさまです。昼時にすみませんね。今、大丈夫ですか?」

「大丈夫。私、電話番。お昼まだで、お腹、ぐうぐう」

「お一人なんですか?」

「うん。ぼちぼち帰ってくると思うけど」

「では、手短に。喫茶『まひかぜ』の岩城さんが、お店を閉めて、建物を売りに出されるお考えを持っておられます。業務として相談に乗ってください」

「ええ……? あそこ、売っちゃうの?」

「はい。事情は、もちろんありますが、委細面談で」

「確かに承りましたよ、っと。『まひかぜ』さんに行けばいいのかな?」

「その前に、お昼、どこかで食べましょうよ。おごりますよ」

「おっ。ごちそうさまです」

「お店を決めてから、また電話します。ああ。まだ、この話は内密で。僕たちと正村さんでは、岩城さんとの縁の強さが違いますのでね。ショックを受けかねない」

「あいよ。そもそも、あいつには何も言わないけどね」

「わかりました。では、後ほど」

 暇があれば、人は何かと思案する。ご多分に漏れず、みさとも思案する。喫茶「まひかぜ」の売却額についてだ。舞浜駅西口の狭小地は、どれくらいで取得できるものだろう。超までは付かなくても、十分に一等地といっていい。カラーズ単独では、手が出ないか。前に尋道から相談を受けた、カラーズの舞姫館撤退と結び付けられたら、と思うのだが。

 そうこうするうちに事務所のスタッフたちも戻ってきた。と、尋道だ。

「ちょうどお役御免になったところ」

「『英』さんの予約が取れましたので、現地で」

「おお。了解です」

 通話を終えたみさとは、副所長席の母にあいさつし、事務所を出た。同じ官庁街にあるすしの名店「英」までは、ものの数分で着く。尋道は一階のテーブル席で待っていた。

「コースにしておきましたよ」

「ありがたやー」

 低頭したのもつかの間だ。みさとの前でコースが展開する一方、対面の尋道は茶わん蒸しを、もそもそやっている。食欲の希薄な彼は、この一品だけの注文とか。

「食べづらいんですが!」

「気にする玉じゃないでしょう」

「失礼な」

「僕のことはいいので、本題に入りましょう」

「本題?」

「ええ。直接、『まひかぜ』さんに来ていただかなかったのは、若干、外聞をはばかる話があって、ですね。先に済ませておきたかったんですよ」

「どんな?」

「五月の初めごろだったと思いますが、舞姫から距離を置きたい、と相談したのを、覚えていらっしゃいますか?」

 みさとは思わずうめいていた。

「さっき、それ、考えてた。私たちで、あの土地をものにできないか、って」

「では、後は、お任せしても大丈夫ですね。場所が場所だけに、僕では実現性のありやなしやも判然としなくて」

「じゃあ、カラーズ移転計画発動、でいい?」

 勢い込んでみさとは言った。

「はい。ただ、慎重にお願いしますよ。特に、情緒的な意味で。岩城さんと関わりの深い人ほど、おセンチになる可能性が高い。うちのおじさんなんかも、飲めないくせに岩城さんと中瓶で語らったみたいで」

「ああ。おじさん、岩城さんと仲がいいんだっけ。郷さんは、大丈夫なん?」

「大丈夫です。岩城さんとは、そこまで親しいわけではありませんし。それよりも、うちのおじさんかな。年齢の近い人の出処進退は、特にこたえるようです。だったら、せめて、『まひかぜ』さんの移転を滞りなく完了させることで、少しでも気鬱が散じてくれれば、と。息子としての考えは、そんなところです」

「うん。肝に銘じます」

「では、食事に集中しますか。また戻る、と岩城さんにお伝えしてありますので」

 うなずいたみさとは、残りのにぎりを平らげにかかる。尋道が、ボリュームたっぷりのコースを注文しておいてくれたのは、誠に適宜であった。大ごとが始まろうとしていた。乗り切るための原動力に変えて、みさとはまい進する。

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