第四九九話 翼はセルリアンブルー(一六)
国府でのサマーシリーズを終えた舞姫たちは、洋々として舞浜に帰還してきた。リーグ屈指の強豪、SSCアイギスには惜しくも力負けしたものの、中堅どころの二チーム、アズラヴァルキューレと鹿鳴製鋼リーベラに競り勝ってみせた。これが大きかった。主力を欠いた状態で出した結果だ。自分たちは、やれる。この思いが、彼女たちをたぎらせていた。
そんな活気に満ちた舞姫館に、音楽家の剣崎龍雅が現れたのは、サマーシリーズの終了からちょうど一週間が過ぎた八月上旬の日曜日だ。舞姫の舞台演出について報告があるので参加してほしい、旨の要請を尋道経由で受けた孝子は、カラーズの仲間たちと共に音楽家を出迎えた。
「おはようございます。ご無沙汰してます」
駐車スペースにとまった青い車に四人は駆け寄った。
「本当にね」
降り立った剣崎がうなずく。
「でも、みんな、忙しくしてる、って聞いてるし。仕方ない」
「『まひかぜ』にも、とんと。岩城さん、お元気ですか」
舞浜駅西口で喫茶店を営む老紳士の名を孝子は口にした。
「元気、元気。岩城さんのことが聞きたかったら、郷本君に尋ねたらいい」
三人娘の視線が尋道に集まる。
「うちの父親が『まひかぜ』さんに足しげく通っているものでね。送迎しているうち、なんとなくなじみに」
「お前、すごいな。私なら、親父と二人とか、絶対に嫌だけど」
「共通の話題があると、やっぱり違いますよ」
洋楽に造詣の深い郷本父子なのだ。
「ご老体同士の回顧談も、なかなか聞き応えがありまして」
「わかるよ。つい聞き入ってしまうよね」
「はい。さて。時間も近いし、中に入りましょう」
定刻の午後二時間近とあって、既に食堂には舞姫の選手、スタッフたちが勢ぞろいしていた。
「やあ。お時間を取っていただいて、すみませんね」
壁に掛けられたテレビの前に立って剣崎は言った。
「今日は、試合前に流すオープニングムービーが完成したんで、そいつの視聴と、今後の活動の提案と、という二本立てでいきます」
持参したタブレットをテレビと接続しながら、音楽家は話を続ける。
「どんなオープニングか、というと、前に、正村さんがみんなのイラストを描いたことがあったと思うんだけど、覚えてますかね。あのイラストを元に起こした3Dモデルと皆さんの実際の映像とを絡めていく、っていう」
食堂内にどよめきが起こった。
「ただ、一年目に関してだけは実際の映像がないので、3Dモデル一本になるね。今、ここにいる人たちの分は、集めようと思えば集められるけど、LBAの人たちの分が難しい」
「剣崎さん。ひとまず拝見させてくださいな」
「了解です」
孝子の声に剣崎は応じ、タブレットを操作した。テレビの画面に動きが見えた。漠と浮かんできたのは照明の落とされた劇場だ。さまざまに角度を変えることで、舞台上には何者たちかが存在している、と知れる。途中、鳴りだした楽曲は、孝子の『Festival Prelude』であった。
イントロダクションが隆盛を極めたところで、舞台上に神奈川舞姫のロゴが表示された。転瞬の間が過ぎて、場内の照明が一気にともされる演出が入る。腕組みをする者がいる。腰に両手をやる者がいる。ボールを抱える者がいる。3Dモデルの舞姫たちの登場だ。
楽曲がAメロに移ると、選手たちが動きだす。一番のサビまでを使って、背番号順に選手を映していく。二番では、これまた背番号順に、今度はプロフィール付きの映像となる。
オープニングムービーで目立つのは、やはり、LBAで名を売る世界屈指の五人だった。豪快なダンクシュートを決めるアーティに、ポニーテールを作る静の横顔。春菜が新体操よろしくバスケットボールを自在に操ってみせれば、美鈴の放ったスリーポイントシュートは流れ星と化す。とどめは、これら四人に最敬礼で迎えられるシェリルの存在感である。
「すげえええーーーっ! かっこいいーーーっ!」
叫んだのは元気者の黒瀬真中だ。
「曲もいいですね! 乗りがよくて、すごく舞姫っぽい!」
「黒瀬真中にはボーナスを出したほうがいいのかな」
ゆらりと接近してきた孝子に、ショートカットの頭をくしゃくしゃとなでられて、黒瀬は身を硬くしている。
「お姉さん。何事ですか。何か、私、問題発言をしましたか」
「今の曲は私の曲じゃ」
驚倒を受けて孝子は大笑した。
「実際は、剣崎さんのおかげだけどね。あの人は鼻歌をオーケストラにしてくれる」
「いや。あなたの曲は鼻歌どころじゃありませんがね。ところで、どうですか。素晴らしい楽曲に。素晴らしい3Dモデルに、と。悪くなかったでしょう」
「全然、いいです」
話題の中心に至近だった黒瀬が応じた。
「欲を言えば、私も市井先輩たちみたいに目立ちたかったなあ、ってぐらいで」
「目立てよ」
再度、孝子は黒瀬の頭を捕獲し、ぼさぼさにしてのけた。一年の半分ぐらいチームを空ける連中ではない。舞姫の看板を背負うのは、この場にいる者たちなのだ。来たるシーズンで活躍し、アメリカ組からポジションを奪ってみせよ――。
さすがに荷が勝つ号令だったろうが、それに、うまうまと乗っかってきたのは、サマーシリーズの余波といえよう。食堂は舞姫たちの発する爽やかな熱気で満ち満ちていた。その意気やよし。眺める孝子もご満悦であった。




