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未知標  作者: 一族
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第四九八話 翼はセルリアンブルー(一五)

 早朝に国府へとたった孝子たちを見送った後の尋道は、ずっと舞姫館にこもりっきりだった。七月末だ。夏の暑さで有名な国府ほどではないにしろ、舞浜だって暑い。それが、留守番の名目で全館空調の整備された館内に居座れる、というのだから、こたえられないではないか。館の住人たちが不在となる四日間分の食料および身の回りの品は、抜かりなく手配済みだ。満喫するとしよう。尋道、一足早い夏休みの心持ちとなっていた。

 留守番二日目の夜である。食堂で夕食のキャンディーバーをかじりながら、尋道はサマーシリーズの配信を眺めていた。

「ん……?」

 うなったのは、円卓の上に置いていたスマートフォンの鳴動が理由だった。伊澤浄からだ。

「はい」

「あ。郷本さん。今、舞姫館の前です」

 エントランスホールに出向くと、玄関のガラス扉の向こうに、保安灯の淡い光を浴びる浄の長身が見えた。

「どうしました?」

 館内に浄を向かい入れた尋道は、開口一番に問うた。

「郷本さん、一人で退屈じゃないかと思って。遊びに来ました」

「ほう」

「実は、郷本さんに誘われた、って親には言ってるんで、話を合わせていただけるとうれしいっす」

「僕はあなたを、どういう理由で誘ったことになってるんです?」

「舞姫館の施設を遠慮なく使えるんで、金土日にミニ合宿でも、って」

「……泊まるつもりですか」

「うっす」

 実際は尋道など眼中になくて、非日常の環境に興味があるだけだろう。困ったお子さまだが、愛嬌のある笑顔を見ていると怒るに怒れない。

「せっかく来てくれたんだし、風呂でも入れましょうか。ああ。食事は、どうしました?」

 午後八時前は、野球部の練習を上がって、そのまま来たあたり、とみた。どちらも済ませてないに違いなかった。

「お風呂、いただきます。食事はカップ麺を、こっそり持ってきました。明日の分は買い出しに行きます」

「ミニ合宿を誘っておいて、その食事は、ちょっと。食堂に行っててください。今、舞姫の試合が配信中なんですよ」

 言い置くと、尋道は舞姫館を出た。隣の敷地にはサービスステーションがある。そこの喫茶コーナーで軽食を仕入れるのだ。

 たっぷり買い込んで戻ると、食堂では浄が天を仰いでいた。

「お帰りなさい。郷本さん。舞姫、負けちゃいました。惜しかった」

 画面には配信終了の旨が表示されていた。

「そうですか。SSCは強いチームですしね。舞姫がアメリカ組と伊澤さんの不在で九人しかいないのも痛い。善戦でしょう。はい。これ」

 どんと円卓の上に置かれた紙袋のボリュームに、浄は目を見張っている。

「え。こんなに買ってきてくれたんすか?」

「ええ。温かいうちに召し上がれ。僕は風呂にお湯を張ってきますよ」

 ところが、尋道が風呂から戻ってきても、浄は食べ始めていなかった。

「どうしました?」

「待ってました。一緒に食べましょうよ」

「言っておけばよかったですね。僕はもう食べました」

「これ、全部、俺っすか! なんだか、申し訳ないっすね」

 言いながら、早速、もりもり浄は食べ始めた。

「いいですよ。伊澤君が大成した暁には、一〇倍返しをしてもらいますので」

「一〇倍でいいんすか? 一万倍ぐらい吹っ掛けといたほうがいいっすよ」

 へらへら笑って、ほざく。罪がないことだ。

「確かに伊澤君なら一万倍ぐらい余裕でしょうね」

「ちなみに、全部で、おいくらでした?」

「三〇〇〇弱です」

「三〇〇〇万か。自分で言っておいてなんですけど、結構な額っすね」

 神妙さなど、薬にしたくもない様子の少年だった。

「大丈夫。僕の予定では、伊澤君は重工経由でアメリカプロ野球に行くので。三〇〇〇万どころか、三億でもいけますよ」

「アメリカかー! アメリカなら、一万倍も余裕だ! えー。郷本さん。三億あったら、何をします?」

「カラーズに出資します。個人で持ってたって、ろくな使い方はしないでしょうしね。斎藤さんに投資で稼いでもらって、そのリターンで、お給料を上げてもらいますよ」

「若いのに守りに入っちゃって」

「あなたたち、勝負師の脇を固める人間は、これぐらいでいいんです」

「確かに! よし。なら、こうしましょうよ。郷本さんへの三億とは別に、俺もカラーズさんに出資します。そうすれば、郷本さんだけじゃなくて、斎藤さんやお姉さんも潤いますし」

 固執せず、あっさりと方向転換した浄は、新たな自説に、ご満悦の表情だ。来年のことを言えば鬼が笑う、ということわざがあるが、彼ならば、と尋道は思う。陽気な天才の語る未来図は、笑われるどころか、かえってはやされるに違いなかった。

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