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未知標  作者: 一族
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第四九五話 翼はセルリアンブルー(一二)

 日本人の、日本人による、日本人のためのゲーム――とまでLBAの公式サイトで評されたLBAオールスターが終わった。中でも、両軍最多となる三五得点を挙げて、MVPに選出された瞳だ。チームの大エース、イライザ・ジョンソンを補佐する屈強なディフェンダーとしての印象が強かった彼女の、まさかの大活躍に、界隈は大騒ぎとなった。

 ……あいつ。

 称賛を受けるたび、瞳は呪うのである。「あいつ」は、北崎春菜だ。瞳の得点の、ほぼ全ては春菜のアシストによるものだった。美鈴のMVPを阻止するために利用された。二人には「中村塾」以来の連携がある。寄せ集めを出し抜くなど、たやすかった。

 ……自分で、直接、美鈴に当たれ、と言いたかった。いやらしいやつ。

 全く、面白くなかった。この借りは、月末、ロザリンドに乗り込んだ時に返すしかない。ロザリンド・スプリングスとの、今シーズンの初顔合わせだった。

 オールスターウイークエンドが終わると、LBAのシーズンも後半戦に突入する。西地区では、依然、無敗のシアルス・ソアが首位を快走している。地区二位のエンジェルス、三位のミーティアは、はるか後方だ。一方の東地区は、言うまでもなくロザリンド・スプリングスの天下となっている。あちらも無敗。無敗同士の対決は、激しいものになるだろう。

 スプリングスでの春菜のポジションはポイントガードだ。普段は、周りの大女たちを使うことに専念し、いざともなればプレーの強度を上げ、ゲームを支配下に置く。後者の動きにスイッチしたときの春菜をなんとかしなければ、勝ち目はない。ソアにはベテランガードのゲイル・トーレンスがいる。アメリカ代表にも名を連ねる名手だが、その人でさえ、ユニバースの決勝では春菜に苦杯をなめさせられていた。他では、話になるまい。

 そこで、だ。自分が春菜のマークに付くのは、どうか。いつか、やつ自身が言っていた。自分より背が高く、力も強い瞳が能力を余すところなく発揮すれば、手も足も出なくなるだろう、と。とはいえ、この道理ならば、瞳よりもはるかに優れた身体能力を持つLBAの猛者たちが、春菜に「虐殺」されるわけもない。せりふの肝要を実践できていないのだ。余すところなく発揮、できれば、である。発揮できていなければ、逆となる。至極当然だった。

 今の瞳に、できるのか、と自問すれば、早い、と答えざるを得ない。ただ、片鱗ぐらいなら、と思わぬものでもない。期待を、自分にしてみたかった。これ以上ない難敵との、壮絶な一騎打ちを思って、思わず、瞳は武者震いをした。

 深い思索は、時間が余っていたためだ。瞳はシアルス・ソアのホームアリーナ、「ザ・パレス・オブ・セレステ」の地下駐車場ロビーにいた。迎えの車を待っているのだが、いつ来るかは、不明だ。この日の試合が終わって、二時間超が過ぎていた。じきに午後一一時になる。同日に開催され、はるか前に終了しているはずだった川相の試合が、終わっていないのだ。延長戦に突入して、今は、延長の一六回とか。現地で激戦にくぎ付けとなっている倫世が、球場に来るか、先に戻るか、と送ってきたメッセージに、待つ、と即答した瞳だった。どちらにせよ、無事に着ける気がしない。待つほうが、まし、となる。

「アイ。そんなところで、どうしたの?」

 まずい英語話者の自認がある瞳は、できるだけ他人との接触を避けるべく、ロビーの隅にたたずんでいたのだ。声の主、イライザ・ジョンソンが近づいてくる。

「イライザ。帰ってなかったの?」

「ええ。サウナに入っていたのよ」

 ゆっくり、はっきり、イライザはしゃべる。瞳の英語の未熟に付き合ってくれているのである。こんなまねをしてくれるのは、ソアで、彼女のみだ。

「ミッチーを、待ってるの」

「あら。まだ来ないの?」

「ミスター・カワイの試合のほうが、先に終わると思う、って、あっちに。でも、まだ終わらないみたい」

「送りましょうか?」

「いや……。球場も、家も、どこにあるのか、よく……」

「え……?」

 一瞬の戸惑いをへて、イライザはにっこりほほ笑んだ。不慣れなのだ、と酌んでくれたようだった。

「じゃあ、ミッチーを、一緒に待ちましょう」

 たとえ、イライザ相手であっても、英会話はこたえるのだが、嫌とも言えぬ。受け入れるしかなかった。ロビー中央のベンチにいざなわれ、渋々と付いていく。

「一度、アイとは、差し向かいで話をしたいと思っていたのよ」

 腰を下ろすなり、イライザが言った。

「私と?」

「知らなかったんだけど、日本のリーグは、ずっと外国籍選手を受け入れてなかったんですってね。それが、何十年ぶりかで開放されたって聞いたわ」

「ええ」

「だいぶ前だけど、日本のリーグに興味はあるか、って人づてに打診があってね。今の話は、その時に教えてもらったのよ」

「え!? ど、どこのチーム!? もう、決めたの!?」

 このアメリカ代表センターが加われば、下位のチームであろうとも一夜のうちに強豪の仲間入りを果たすだろう。聞き捨てならない情報といえた。瞳が前のめりとなったのも無理はなかった。

「ナジコね。興味はない、って断ったけど」

「そう……」

「ええ。でも、気が変わりつつあるのよ。アイ。あなたと出会ったことでね。アイ。あなたはシアルスで、とてもいいプレーをしているわ。あなたと同じチームなら、日本に行くのも、いいかも、って思い始めているの。アイ。あなたが日本で所属しているチームは、もう、外国籍選手を獲得したの?」

 差し向かいで話を、とは、これだったか。自分がいれば、と言ってくれるほどに買われている事実は、ソアに加入してからのプレーぶりが認められたものとして、瞳の身魂を熱くした。その声に、ぜひ、応じたい。が、残念ながら、イライザとの共闘はかなわない。瞳の所属する高鷲重工アストロノーツは、外国籍選手の獲得が禁じられているチームだ。日本リーグに二強体制を敷くウェヌススプリームスと共に、他に所属する外国籍選手たちとの激闘を定められたチームだ。特に欧米のチームと比して、明確に劣るとされるインサイドの強化を狙った日本リーグの秘策だった。

「まあ。そこまでして」

「うん。だから、もし、イライザが日本リーグに来てくれるんだったら、私、燃える。本来のポジションでも、イライザが褒めてくれたみたいにやれる、ってところを、直接、見せたい。いや。見せる」

 腕をぶす態度が決定打となったらしい。莞爾としてイライザは、瞳のため、日本リーグへの参戦を明言した。とすれば、こちらもイライザの厚意に報いなければならない。仲介を、瞳は買って出たのだった。

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