第四八三話 タイニーステップ(二四)
義理のきょうだいによる対決、というよりは、義姉による義弟への、一方的な攻勢のうちに時間は過ぎ、午後二時だ。舞浜F.C.対静海アクシスのキックオフである。四人は八号室付属のバルコニーシートに出た、のだが、
「点が入らないじゃない」
などと、孝子、五分後には愚痴りだした。
「つまらない。イオケンも佐伯のたっちゃんも外すし」
「あれは相手のキーパーのナイスプレーでしょうよ」
「やっぱり、バスケだよ。がんがん点の入るバスケがいい」
そのバスケットボールですら、一試合を通して見たことなど、片手の指で足りるほどしかないくせに、よく言う。
「それに、ここ、うるさいし。私、中で見るよ」
「こらー」
みさとの叱声が飛んでも構い付けず、孝子は室内に戻った。中で見る、とほざいたくせに、据え付けられた大型モニターには目もくれない。ソファにどっかと座る。
さらに五分もすると眠たくなってきた。八号室の防音は、なかなかのものとみえ、外の喧噪は全く聞こえなかった。靴を脱ぎ、ソファに横になる。広い座面は、睡眠を取るのにもってこい、といえた……。
「おらー! 起きろ!」
猛烈に体を揺すられ、孝子ははっと目覚めた。至近にみさとの顔があった。まなじりを決している。
「ああ。前半、終わったの?」
むくりと起き上がった。
「たわけ! 前半どころか、後半も終わったわ!」
「ほう」
「郷さんがね、言うんだよ。寝起き、悪そうだし、放っておこう、って」
「英断」
「英断、じゃねえ! 恥ずかしい子だな。もう二度と一緒に来ないよ」
「望むところ。さあ。帰ろうか」
立ち上がった孝子に、尋道の声が飛んだ。
「神宮寺さん。お忘れなく。伊央さんと佐伯君が試合後に来てくれる、とお伝えしたでしょう」
そういえば、そんな話を聞いたような気がしないでも、ない。寝ているうちに、いろいろと忘却のかなたに押しやっていた。孝子はソファに座り直した。
「すぐ来るかな。招待してくれたわけだし、一応、お礼は言わないとね」
一応、などと余計な一言を添えた罰だったのかもしれない。二人が八号室に顔を出したのは、試合終了から、なんと一時間の後だ。
「イオケン! 遅いんだよ!」
当然、孝子のいらいらは最高潮だ。
「悪い。今日だけは、グリーティングは外してくれ、って言ってたんだけど。俺たち、活躍したじゃん?」
五対一の快勝劇において、見事、ハットトリックを飾る活躍を見せた伊央が笑う。「舞浜F.C.プレミアムスイート」の来場者たちに向けたあいさつに借り出されたがための遅刻だった。
「点を取らなければいいでしょう」
「そんな。フォワードの僕らが点を取らないで、どうやって活躍するのさ」
二点を、いずれもフリーキックで決めてみせた佐伯も笑う。
「佐伯君。珍しく狙ったね。よかったよ」
ゆらりと奥村が会話に交ざってきた。
「そりゃ、僕も、ベアトリスに推薦してほしいしね」
「おう。どうだった、奥村。俺たちは、ベアトリスでやれそうか?」
「二人とも、できるよ。必ず取らせる」
「『ジャパントリオ』、結成だね」
はて、と孝子は沈思した。記憶では佐伯氏、奥村にベアトリスFCへ勧誘された際、それほど乗り気でもなかったように見受けられたのだが、今は随分と、ではないか。
疑念に解答を授けてくれたのは尋道だった。
「佐伯君。小早川さんと、大げんかしたそうで」
奥村を送った帰路、車内で、彼はぽつりと言ったものだ。
「神宮寺さんは、何か、お気付きだったようですが」
「いや。佐伯君、前は、ベアトリスに行くのに、そんないい顔してなかったのにな、と思っただけ」
「二人は、なんで?」
助手席のみさとが後部座席を見返る。
「リーグ戦も正念場を迎える時期に、エース二人がチームを見捨てて移籍とか、ふざけるな。恩知らず、と。返す刀で奥村君のことも、相当、言ったらしくて」
「また、あの子は」
孝子の親友にして佐伯の恋人である小早川基佳には、熱烈なサッカーファン、熱烈な舞浜F.C.ファン、という側面がある。
「そうしましたら、佐伯君が、怒る、怒る。恩知らずと言うけど、今の僕があるのは、全て奥村君のおかげ。F.C.にこそ恩なんかない、なんて」
「うわあ。それ、致命傷になってない?」
「どうでしょうね。いずれにせよ、色恋も絡む難しい問題です。関わり合いにならないのが一番だと思うので、知識としてお伝えしておきますよ」
「郷さん。冷たいな」
「なんとでも」
軽くいなされ、みさとは沈黙した。孝子としては、尋道と全くの同意見だったので、否やはない。最後は飛んだ話になったが、以上、観戦行の顛末となる。




