第四八二話 タイニーステップ(二三)
五月最後の土曜日、正午過ぎの新舞浜THI総合運動公園地下駐車場に、孝子は愛車で乗り入れた。伊央健翔の招待を受けて、この日、午後二時にキックオフする舞浜F.C.の試合を観戦するために訪れたのだ。
「到着ー」
地下駐車場の陸上競技場口間近に車をとめ、孝子は同乗者たちに向けて宣言した。助手席のみさとに、後部座席の尋道と奥村。以上三人が今日の連れ合いたちである。なお、斎藤英明税理士事務所で研修中の麻弥は、気疲れから、ここのところへばりっぱなしで欠場だった。
「やあ。スポーツ観戦でスイートとか初めてだよ。楽しみー」
言うが早いか飛び出したみさとの装いは、白いブラウスに黒いジャンパースカートの組み合わせと、なんとも小じゃれていた。
「元気だね。こちとら、休日に、こんな格好をしなくちゃで気が滅入ってる、っていうのに」
そう言った孝子も水色のセットアップで固めている。いわゆるスマートカジュアルの範疇に含まれる服装だ。
「お似合いです」
「うれしくないよ。前にチームで支給されたスーツを着てくるような男に褒められたってなあ」
「では、僕なら」
「いつも君はベージュだなあ。たまには他も試したまえよ」
無精者どもを蹴散らし、孝子は車を降りた。
かつての戦友、伊央に長足の進歩を見た奥村が、実戦での動きを確認したい、と表明したのが全ての発端となっていた。発奮した伊央は、いい席を取るので他の方たちも呼んだら、といざない、かくしてカラーズによる観戦行と相成ったわけだ。ここまでは、いい。
「イオケンのやろう。二度と来ないぞ。なんでサッカーを見るのに、着る服の指図なんかされなくちゃいけないの」
伊央が手配してくれた「舞浜F.C.プレミアムスイート」には、なんと、ドレスコードが指定されていた。スイートと銘打つだけはあるが、面倒な、であった。
「そう言いなさんな。せっかくの機会だし楽しもうよ。行こうぜ」
みさとの号令で、一行は陸上競技場口から競技場内に入った。「舞浜F.C.プレミアムスイート」への入場は、一階の専用エントランスを使うのが通常の順路だ。しかし、今回は、奥村の存在が混乱の原因となる可能性あり、ということで、舞浜F.C.の試合開催時には関係者専用となる地下駐車場を利用できる運びとなっているのだった。
関係者専用を駆使し、粛々とたどり着いたスタジアム四階の「舞浜F.C.プレミアムスイート」八号室には、舞浜F.C.の関係者が先入していた。奥村の歓迎セレモニーを催すのだ、とか聞いていた。
入室とともに拍手が湧き起こる。次いで、抜け上がった額のスーツの男性と、同じくスーツ姿の、こちらは大きな花束を抱えた女性とが進み出てきた。
「紳。お帰り。ようこそ。プレミアムスイートに」
あいさつと、差し出された花束を、奥村は無視して席に着こうとする。
「こら! ちょっと前までお世話になっていた人たちに、なんて態度だ! ばかたれ!」
口だけではなく、右手でも尻に強烈な一撃を食らわせておいて、孝子は奥村を二人の前に引き戻した。セレモニー中も、孝子の目は光り続ける。
「そのスーツ、まだ着てくれてるんだな」
「他に適当な服を持ってなくて」
「余計なことを言うな」
男たちの会話に介入したかと思えば、
「いらないんだけど、どこにやれば」
受け取った花束を、早速、放り出そうとする奥村を、
「それぐらい、大した荷物じゃないでしょう。持ってなさい」
重低音で叱り飛ばす。横に控えたみさとと尋道は失笑しきりとなり、相対するF.C.の人々は、そろって彫像と化している。混乱の極みといえた。
大いに滞ったセレモニーが、なんとかかんとか終了したのは、きっかり一〇分後だ。舞浜F.C.の人たちは退出し、室内には孝子以下四人が残っている。
「紳ちゃん。しっかりしてよ」
ソファにふんぞり返って孝子は言う。
「こんなんじゃ那美ちゃんはやれないよ」
「え……」
「なんで、いきなり那美ちゃーんの名前が出てくるのさ」
「奥村君、那美ちゃんにご執心なのよ。連絡先を聞き出そうとして、スマホない、って言われたら、買ってやるぜ、とか言っちゃって。このロリコーンが」
「ははあ」
孝子と奥村の顔を、みさとは交互に見る。
「すごい組み合わせだね。芸能人同士でも、ここまでの組み合わせは、ないよ。いいんじゃない? 実際は、ロリコーン、ってほど年も離れてないんだし」
那美の一八歳に対して、奥村は孝子たちと同じ二三歳だ。
「いや。僕は……」
「覚悟しろ。これからは義姉として、そのなめた態度を矯正してくれるわ」
当人同士の意志も確認せぬままに決め付けておいて、孝子は高笑いする。人ごとだけあって、お気楽なものだ。はてさて、どうなってしまうのやら。




