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未知標  作者: 一族
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第四八一話 タイニーステップ(二二)

 密な来訪は、孝子にしては珍しい。週が明けた月曜日の朝一に、先週以来となる舞姫館入りだった。カラーズ島で祥子と話し込んでいた尋道が驚きの声を上げたものだ。

「おや。何か出来しましたか?」

「いや。あ。さっちゃん。いいよ。すぐ帰る」

 コーヒーを淹れに動こうとした祥子を孝子は制した。

「最初は、メッセージで済ませようと思ったんだけど、読み返してみて、文面がきついな、と考え直して、直接、言いに来た。これで、私も気が利く」

「僕ですか?」

「うん。さっちゃん。この人、前に渡したプリペイドカードで買ったぶつの明細を、写真に撮って送り付けてきたんだよ」

「え……」

「だから、無用、余計なことをするな、って返そうと思ったんだけど、なんだか、怒ってるように見えるな、と思って。いらないよ。一度、あげたものを、どう使おうと、そちらの勝手」

「今回のような形の贈り物は、二度と受け取りませんので、悔い改めたさまをお目にかけられないのは残念ですが、確かに承りました」

 孝子は思わずのけ反っていた。危うくノックアウトされかかった。天に向かって大きく息を吐き、態勢を整える。

「郷本君って意外とこわもてなところあるよね」

「そうですか」

「さっちゃん。やっぱり、コーヒー、ちょうだい」

 孝子は尋道の正面に着いた。

「お菓子は喜ばないな、と思って選んだんだけど、迷惑だった?」

 小食の尋道をおもんぱかった贈り物であったが、不発となった。その嘆きの吐露であった。

「はい。現金や金券の類いは、どうしてもね。取り扱いが難しい。お菓子あたりが無難かと」

「でも、もらったって、うれしくないでしょう?」

「ええ」

「もう。面倒くさい人だな」

「お互いさまです」

 取り付く島もない、とはこのことか。相手が悪いようだ。話題を変えるとしよう。

「さっちゃんは、どうした? ゴルフの道具とやらは買ったの?」

 コーヒーメーカーの前に立つ祥子に声を掛けた。漆黒の液体の抽出を待って、立ちん坊をしていた祥子は、はっと振り返る。

「それが」

 なんと、祥子、引き合わされた高鷲重工野球部の中田から、クラブセットを贈られていた。

「高遠さんが元重工で、門津にいらした、というのが効きましたね。中田さんは、かつて門津造船所の所長職を務めていた経験がおありで、高遠さんと熱い門津トークを交わされていらっしゃいましたよ」」

「じゃあ、どうするの。さっちゃんにあげたカードは、当初の予定どおり、英語の勉強に使ってもらう?」

「いえ。重工さんの英語スキルアッププログラムを紹介していただけましたので、高遠さんには、そちらを履修してもらいます」

 何が、紹介していただけた、だ。どうせ、全ては尋道の掌上にめぐらされていたのだ。先方の歓心を買うため、造船所の話題を持ち出し、脈あり、とみるや、一気に畳み掛けたに違いなかった。当然、この詐欺師は、スキルアッププログラムとやらの存在も、把握していたことだろう。

「本当に油断も隙もないね」

「何がですか」

「見事にねじ込んだな、と思って。わかった。あなたの行動に文句は言わない。明細でもなんでも受け付けるから、次もさっぱりと受け取ってくださいな」

「いちいち撮影するのが面倒なので、拒否してくださっても」

「うるせえ。はい。ありがとう」

 孝子はコーヒーカップを運んできた祥子に礼を言った。

「お姉さん」

 席に戻った祥子が声を上げた。

「うん」

「私は、プリペイドカード、どうしたらいいでしょうか」

「好きに使いなさい」

 言い放ち、人の悪い笑みを浮かべた。

「そう言われたって、そこの男みたいに、心臓に毛が生えているわけでもなし。困るか。郷本君。さっちゃんがいただいたのは、ゴルフクラブのセットだけ?」

「そうですね」

「じゃあ、ウエアを『カラーズショップ』で買いたまえよ。私たちも、前にゴルフに行ったときは、そうしたよね」

「ええ。去年の晩秋あたりでしたか」

「試験が終わったら、私も久しぶりにやってみるかな」

「順調なら、一〇月の末でひとまず終わりですか。ちょうどいい季節だ」

 孝子が取り組んでいる司法試験予備試験は、三段階に渡って実施される。五月の短答式試験を皮切りに、七月の論文式試験、一〇月の口述試験という具合に、順繰りに突破していく形式を踏む。順調なら一〇月で一区切り、と言った尋道は正しかった。

「君たち、この天才ゴルファーさまが、ぼこぼこにしてあげるよ。震えて秋を待ってなさい」

 ほざいて、コーヒーをがぶりとやり、むせた。勢いよく飲んだせいで、少し気管に入ったようだった。締まらないことではある。

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