表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
480/747

第四七九話 タイニーステップ(二〇)

 孝子と麻弥が交えた戦火の模様は、奥村、尋道と経由してみさとに伝わった。

「郷さんめ」

 相談の形で、みさとに対処を押し付けてきた男の名を口にした。といって、責めるつもりは毛頭なかった。わずかな差ではあっても、カラーズでは新参の彼だ。相手は最古参であり、社長の親友でもある。性別の違いもあった。やりづらかろう。ここは、みさとが動くべきなのだ。社長と、その親友間で勃発した一戦の終結と、戦端となった親友氏の未熟さの解消を、まとめて面倒を見るとしよう。

 開戦の翌朝、みさとはいったん外出した後、昼前になって舞姫館に舞い戻った。勤務先である税理士事務所を経営する、みさとの父母に要請した、とある事柄の承諾を携えて、だった。午後は半休を取得し、準備は万端だ。

「おいっーす。お隣さん、ぼちぼち人の出入りがあるんだね。昼間は、ほとんどいなくて、気付いてなかったわ」

 取っ掛かりに、みさとはお隣さん、四月末に落成したロケッツ館の動きを選んだ。そこから話を発展させていく道筋も決めている。

「スタッフの方たちが、暇を見つけては出入りしてますね。シーズンが終了次第、ロケッツ館で始動したいそうで」

 尋道の補足だが、みさとは、ちらりと彼のほうを見て、小さく目配せした。この男には、これで通じるはずだ。果たして尋道は、それ以上、何も言わずに引いた。話は脇道にそれずに済んだ。

「なるほどね。正村。ロケッツの人たち、車で来てるね。結構、いろいろとまってるよ。ちょっと、見に行かない?」

「……いい」

 むっつりとしたさまは、戦中の証しだったろう。

「珍しい車も、あるみたいよ」

 返事はなかった。乗ってくるもよし。その逆も、またよし。みさとはカラーズ島の自席に着いた。おっぱじめるとする。

「おいおい。こうしつこいとは、何かあるんだな、って察しなさいよ」

 麻弥、無視だ。みさとは構わず続けた。

「お前、神宮寺にどやされた、ってな。ねえ、正村。これからもカラーズの業務に関わるつもりがあるなら、真剣に聞いて」

 さすがに麻弥ははっとした。

「サークル活動が、なしくずしに会社になったもんで、カラーズは全員がひよっこだけど、その中でも一番は、お前。人間としてのお前は好きだし、できれば、ずっと一緒にやりたいよ。でも、そのためには、一皮むけてくれないと、困る。考えてみて。高遠さんを、カラーズだ、舞姫だ、って右往左往させることになったのも、元はといえば、お前がしっかりしてないせい。奥村さんか伊澤君、どちらか任せろ、って買って出てくれてたら、それで済んだんだよ」

 ぴしぴしと決め付ける声は、通常の音量だったので、舞姫島にも筒抜けだ。中村以下は凍り付いているようだった。

「しっかりしろい。もう手弁当でやってたころとは違うの。私たち、被用者としてお給料をもらってるんだよ。なあなあじゃ駄目。正村。うちの親の事務所に来て実務経験を積んで。今のままじゃ、足手まとい」

「……首、ってこと?」

 つぶやく麻弥の顔は青白い。

「違うよ。出向。繁忙期も、そろそろ終わるんで、親に頼んだんだ。新人研修をやって、一人前にしてほしい、って。お前も自分で、一人前、とは思ってないでしょう? パワーアップして、がっちり四人でスクラム組もうよ」

「……うん」

 蚊の鳴くような声でも、いい兆しといえた。根は気のいい女なのだ。過度にむくれさせたりしなければ、こちらの誠意は通じるはずだった。

「よし。決まり。じゃあ、行くぞ」

「え。今から?」

「今からだよ。前のめりになる癖を付けよう。意識、大事。なんでも意識次第。あ。お前、スーツ、持ってるよね?」

 みさとは麻弥の、フリースジャケットとデニムパンツという組み合わせを指して、言った。

「ある」

「よし。なら、まずは海の見える丘だな。郷さん」

「はい」

「しばらく一人で忙しくなると思うけど、よろしくお願いされて」

「わかりました。されましょう。正村さん」

「え。何?」

「神宮寺さんは、僕たちをカラーズの『両輪』と呼んでくださいました。それが『三輪車』になる日を、心待ちにしています」

 麻弥は目を白黒させている。この男一流の激励なのだろうが、響きには若干の格落ち感があった。六〇点。そうみさとは評点を付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ