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未知標  作者: 一族
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第四七八話 タイニーステップ(一九)

 孝子に連れられて、奥村が舞浜市中区の新舞浜THI総合運動公園内にある舞浜F.C.グラウンドに到着したのは、午後二時だ。チームがオフのこの日、関係者用の駐車場は閑散としていた。過去、何度か来訪している、という孝子は、ずんずんクラブハウスの中に突き進んでいく。

「ここ、女子用のロッカールームって、あるの?」

 ロビーで問われたが、そんなことは知らない。まごついていると、

「うん。奥村君に聞いた私が悪かった。いいや。トイレで着替える。ロビーで待ち合わせね」

 孝子はそう言って、女子トイレに入っていった。奥村が手早く着替えを済ませて、ロビーに戻ると、孝子は既にいた。細身の体を青いジャージーに包んで、ロビーの窓際に寄っている。グラウンドを一望しているようだった。

「お待たせしました」

「待った。待った。見て。懐かしい二人がいるよ」

 促されるままグラウンドに目を向けると、舞浜F.C.のジャージーに身を包んだ二人組がいて、ボールを蹴り合っていた。小柄な一人は佐伯達也とわかったが、もう一人の大柄なほうは、知らない。

「時間のあるときは、二人も手伝ってくれるんだよ。感謝するように」

「はあ」

 孝子と二人きりがよかったのだが、これもカラーズのセッティングだった。不平不満は言うまい。

「あの、大きいほうの人も、カラーズに関わりのある選手ですか?」

「……え?」

「いい選手だ」

 気付くと、孝子はまじまじ奥村を見ている。

「そういうひねりの利いた嫌みを言う人じゃないと思うから、本気で言ってるんだろうけど。去年のユニバースで一緒に戦ったチームメートですぜ。奥村の紳ちゃんよ」

 考えてみたが、思い出せない。

「あの時のチームに、あんな大きくてうまい人はいませんでした。でかいだけの下手くそはいましたけど」

 奥村がベアトリスFCへ移籍したのは、高額の年俸を求めた故であった。女手一つで自分を育ててくれた母親に、金銭で報いたい、と考えたのだ。可能な限り自分を高く売るには、持てる実力をプロモーションしなければならない。奥村が選んだ販売促進の場は、四年に一度のスポーツの祭典、ユニバースこと「ユニバーサルゲームズ」だった。ここで好成績を挙げ、オファーを待つ計画だ。

 ただ、一つ、問題があった。ユニバースを共に戦うチームメートに、とんでもない下手くそが交ざっていたのだ。でかいだけのそいつは、監督の覚えもめでたく、いくらしくじろうと、メンバーを外れない。その、でかいだけの下手くそこそ伊央健翔だ。伊央を追い落とし、ユニバースで勝利をつかむべく、チームに引き入れた佐伯達也が、きゃつの取り扱い方を見いだしたおかげで事なきを得たが、まかり間違えば自分の移籍にも影響が出ていたところだ。思い出すだけで、冷や汗が出る。

「あの人が、君の言う、でかいだけの下手くそ。この調子だと、きれいさっぱり忘れてそうだな。一応、聞いてみるよ。ユニバースの女子バスケチームに、北崎春菜って子がいたのは、覚えてる?」

「はい。神宮寺さんの妹分と名乗ってました」

「そう。その子。奥村君なら、北崎が言ってた意味を理解できるかも。運動能力の天才が身体能力の天才を開花させる、って」

 運動能力の天才が、北崎春菜で、身体能力の天才が、例の、でかいだけの下手くそ、なのか。確かに、全日本女子バスケットボールチームの北崎春菜は、運動能力の天才だ。バスケットボール選手としては決して恵まれているとはいえない彼女が、世界最高峰と称されるのは、類いまれな運動能力に助けられているところが大きい、と奥村はみていた。また、でかいだけの下手くそ氏も、身体能力だけは、すまじかった。もっとも、お粗末極まりない運動能力を兼備していたおかげで、その美点は帳消しになっていたが。運動能力の天才は、そこのあたりを、うまく調教したというのであろうか。とすると、だ――。

「奥村君の中で、以前の伊央さんと今の伊央さんが一つにならないなら、順調に開花しつつあるんだろうね」

「そう、思います」

「行こうか」

 クラブハウスを出ると、すぐに孝子が声を張り上げた。

「おーい。来たぞ」

 気付いた二人組が駆け寄ってくる。

「やあ。奥村君。久しぶり」

「おっす。奥村。神宮寺さん。似合ってるよ」

「青は好きだよ。伊央さん、ありがとうね」

 聞けば、孝子が身に着けている青いジャージーは、大男が贈ったものとか。

「伊央さん。いい知らせと悪い知らせがある」

「お。なんだろ」

「悪い知らせ。奥村君たら、伊央さんを覚えてない」

「神宮寺さん。そんな、わざわざ言わなくても」

 渋面で言うのは佐伯だ。

「最後まで聞け。いい知らせ。奥村君たら、ユニバースで伊央さんとチームメートだった、って言っても信じない。あんなにうまい選手はいなかった、だって。伊央さん。おはるとのトレーニング、順調なんだよ」

「おお! おはるちゃん、万歳!」

 盛り上がる二人を横目に、奥村は旧知の佐伯と正対した。

「佐伯君」

「うん」

「試合を、見たいな」

「F.C.の?」

「うん。この人のプレーが見たい。イギリスでもやれそうなら、取るように言う。そのときは、佐伯君も一緒にどうかな? 舞浜F.C.はしみったれだ。ベアトリスに来てくれれば年俸は一〇倍以上になるよ。佐伯君は僕の頼みを聞いて代表に来てくれた。あの時の、恩を返したいんだ」

 それだけ、ではない。イギリスリーグでも有数のビッグクラブとして知られるベアトリスFCは、現在、前線にタレントを欠いていた。伊央が使いものになるなら、技巧派、佐伯とのコンビで強力なツートップの誕生だ。二人が活躍し、チームの成績が上昇したとき、手柄は誰に帰するのか。彼らを見いだした奥村に決まっている。見返りは、どれほどになるのか。あぜんとした佐伯を尻目に、ほくそ笑む奥村だった。

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